被災地の野球団 東北楽天の10年(下)選手の使命

慰霊碑に献花する東北楽天の早川投手(中央)ら新人選手=1月21日、名取市震災メモリアル公園(楽天野球団提供)

 プロ野球東北楽天の新人7選手が1月21日、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県名取市閖上地区を訪れた。一帯を襲った津波と同じ高さ8・4メートルの慰霊碑と、犠牲者960人が記された芳名板の前で目を閉じ、10年前の惨状に思いを巡らせた。

 「心をつかまれるというか、締め付けられる感じがあった」。ドラフト1位の早川隆久投手(22)=早大=は小学6年の時、古里の千葉県横芝光町で被災したことを思い出していた。海岸沿いの自宅は床上浸水し、周辺は津波で大きな被害を受けた。

 大学ナンバーワンの評価を受ける左腕は4球団競合の末、震災から10年となる東北へと導かれた。「経験したからこそ、被災地の方の思いが分かるところもある。もう一度優勝することが自分に与えられた使命だと思ってプレーする」

 思い描くのは2013年の再現。絶対的エース田中将大投手を擁して初のパ・リーグ優勝、日本一を達成し、被災地に夢と感動をもたらした。今季から指揮を執る石井一久監督をはじめ、選手、フロントも思いは同じだ。

 新人の閖上訪問が始まったのは翌14年。8年間で78人が参加し、東北の球団の一員になる自覚を養った。今年は新型コロナウイルスの感染予防のため、新人参加の行事が軒並み取りやめとなる中で、入念な対策を施して実施するほど、球団は重要視している。

 チームは毎年、新人とほぼ同数の選手が去る。震災当時を知る現役は、育成を含む78選手のうち、米大リーグから8年ぶりに復帰した田中や銀次内野手(岩手県普代村出身)ら4選手だけに。優勝を経験した選手も数えるほどとなった。

 被災地の思いを背負って戦う「使命感」をチームとしてどう保持するか。次の10年の大きな課題だ。

 初めて東北に来た神奈川県出身のドラフト2位高田孝一投手(22)=法大=は閖上訪問後「(復興は)正直まだまだ100パーセントできていないと感じる。数年たてば復興は進んでいるというのは、甘い考えだった」と率直に語った。

 この言葉に意を強くしたのは、新人の案内役を毎年務めている閖上小中の八森伸校長(58)。「被災地に立つことが大事。空き地が広がっているのを見たから、感じてもらえた」。地道な取り組みを続ける大切さを再確認したという。

 将来のエースを嘱望される早川投手は「被災地訪問は自分が頑張る糧になる。新人に限らず現役選手も交えて毎年行うべきかな」と提案する。

 勝利が被災地に勇気を届け、使命感が選手に力を与える。そんな好循環が風化を防ぐ。やれることはまだあると信じている。

[東日本大震災当時に在籍した東北楽天の現役選手とコーチ]▽選手 田中将大投手、辛島航投手、塩見貴洋投手、銀次内野手▽コーチ 小山伸一郎1軍投手、牧田明久2軍外野守備走塁、鉄平1軍打撃、塩川達也2軍内野守備走塁、永井怜育成投手

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