被災地に笑いを 仙台出身の落語家・春風亭与いちさん二ツ目昇進、来月11日から高座

春風亭与いち(しゅんぷうてい・よいち) 本名は角田廉(かくた・れん)。1998年仙台市生まれ。仙台向山高卒。父秀晴さんは仙台圏で洋食店「ハチ」などを運営するオールスパイス(仙台市)の社長。2017年3月に春風亭一之輔さんに入門し、18年1月に前座となった。
名取市文化会館での公演を終えた一之輔さん(左)と初めて対面し、差し入れを渡す与いちさん=2014年10月(与いちさん提供)

 仙台市出身の落語家春風亭与いちさん(22)が3月、前座から二ツ目に上がり、東日本大震災の発生10年となる11日、新宿末広亭(東京)で始まる定席寄席で昇進披露の高座に立つ。希代の売れっ子、春風亭一之輔師匠に入門を許されて4年。落語協会所属の最年少二ツ目として復興へと歩む被災地に明るい笑いを届けられるよう、一層の精進を誓う。

 「初日が3月11日という巡り合わせに緊張が高まっている。師匠のように、自分自身が落語を楽しみながら会場をワッと沸かせるのが目標です」。与いちさんは目を輝かせる。
 大の落語好きの父角田秀晴さん(57)に連れられて、小さい頃から仙台圏の落語会に足を運んだ。「小学校低学年までは面白いとも思わなかった」と笑う与いちさん。高学年の時にはすっかり面白さにのめり込み、中学卒業前には「落語家になる」と家族の前で口に出すようになった。
 2012年に21人抜きの真打ち昇進で話題をさらった一之輔師匠に、初めて会ったのは高校1年の秋。宮城県名取市で公演した師匠に食事を差し入れた。その少し後、仙台公演に来た師匠に弟子入りを志願した。
 「マジかよ」と師匠は苦笑したが、仙台や東京の公演に通うたび、思いを伝え続けた。高校卒業と同時に入門がかなった。
 修業を重ねる中、20年は新型コロナウイルスの流行で活動自粛を余儀なくされた。公演が格段に減り、自宅で稽古に励む日々を重ねていた11月、二ツ目昇進が発表された。

 二ツ目になると、高座に上がる際にかかる出ばやしを持てる。「この曲しか頭に浮かばなかった」。与いちさんは「大好きな仙台を発信したい」と、幼い頃によく遊んだ仙台市の遊園地「八木山ベニーランド」のテーマソングを選んだ。
 コロナの収束をにらみ、夏前ごろから仙台市内のイベントスペースで月1回、来場者30人ほどを相手に演じる勉強会を始める。12月2日には仙台市民会館で春風亭一朝大師匠、一之輔師匠と3人がそろう「3世代落語会」を開く計画だ。
 東京の寄席で活躍する仙台市出身の落語家は珍しく、「東北出身の同世代の落語家と一緒に岩手、宮城、福島で積極的に公演したい」と与いちさん。「自分が仙台の落語会に夢中で出掛けていた当時のような気持ちで、お客さまに足を運んでもらえたらうれしい」

 

初心を忘れずに/春風亭一之輔さんの話

 コロナ禍で大変な昇進ですが、それすらも笑い飛ばしてお客さんを楽しませなければ落語家でいる意味はありません。われわれの生き方に正解はありません。日常・非日常の全てを糧にし、若いのだからたくさん失敗して、生涯、噺(はなし)に飽きることなく落語家として生きていってもらいたいです。子どもの頃に落語を聴いていた気持ちを忘れないように。

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