戦後も砲弾の飛び交った集落知って 児童小説「ヘイタイのいる村」刊行 山形・村山

刊行される「ヘイタイのいる村」の表紙
発見された地域紙のスクラップ

 戦後の占領統治下で砲撃用演習地として米軍に接収され「弾道下の村」と呼ばれた山形県村山市戸沢地区の暮らしを描いた児童小説「ヘイタイのいる村」が、3月末に刊行される。同県米沢市の地域紙で1958年から130回連載された記事が昨年発見された。山形童話の会のメンバーらでつくる刊行発起人会は、出版費用の寄付を募っている。

 ヘイタイのいる村は、山形童話の会の機関誌「もんぺの子」同人の高橋徳義さん(1928~96年)や鈴木実さん(88)=山形県天童市=ら5人が執筆した。共同創作の手法は当時の日本で数少なかった。
 55年に「もんぺの子」で連載が始まり、地域紙での連載に際して物語性を加えた。さらに改編、加筆した「山が泣いてる」は60年に理論社から出版され、第1回日本児童文学者協会賞にも選ばれた。
 新型コロナウイルス下で時間に余裕が生じる中、発起人会代表で戸沢地区出身の花烏賊(はないか)康繁さん(72)=同県上山市=が昨年10月ごろ、託されていた高橋さんの遺品を整理していたところ、地域紙のスクラップが見つかった。
 作品は、米軍の射撃演習場の砲弾が上空を飛び交い、命と生活が脅かされる集落の実態を、地域の子どもたちの率直な視点で描き出す。生計を支える炭焼きの山を崩したり、民家の壁を打ち抜いたりする砲弾の猛威が、静かな村をかき乱すさまを伝える。補償金に翻弄(ほんろう)される大人たちの姿も浮かび上がらせる。
 花烏賊さんは「戦争が終わった後も大変な暮らしを強いられた集落のことを知る人は少なくなった。風化させないためにも一冊にまとめ、広く伝えていきたい」と語る。
 A5判、260ページ。2000円。北の風出版(東根市)が発行。寄付は1口5000円で、寄付者に1口最大3冊まで贈呈し、巻末に氏名を載せる。連絡先は発起人会090(2025)8785。

[弾道下の村]米軍は終戦直後、山形県大高根村、戸沢村(ともに現村山市)などの計約4700ヘクタールを接収し、3カ所に砲座を建設。1946年12月から、集落を挟む形で、山の斜面の射撃標的に向けて砲撃演習を始めた。砲弾拾いをしていた住民4人が不発弾の爆発で死亡。56年12月に返還された。

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