解散から16年、「柴田高を甲子園に送る会」の夢実現

「柴田高校を甲子園に送る会」の総会資料を眺める飯淵さん=宮城県柴田町

 第93回選抜高校野球大会(19日開幕)に初出場する柴田に、かつて「甲子園に送る会」という熱狂的な後援会があった。開校前年の1985年に設立され、2005年の解散まで物心両面で球児を支援し続けてきた。当時の会員は聖地での全力プレーを期待する。
 会は開校当時の宮城県柴田町長だった故平野博さんらが中心になって結成された。町内の会社経営者ら約20人がメンバーとなった。
 「『金は出すが、口は出さない』がモットーでした」。副会長を務めた飯淵雅高さん(75)=飯淵歯科医院理事長=は振り返る。年会費は1人10万円。ユニホームや投球マシンを寄贈。大会のたびに激励会や慰労会を開催し、球児の背中を後押ししてきた。
 柴田は創部3年目の1988年秋に東北大会で4強入り。夢は早々にかなうかと思われたが、その後は何度も好機を逃し続けた。
 「わが町から甲子園に出場できる高校を」。高校の誘致自体が県議8期、町長6期を務めた平野さんの夢だった。「うそも何回もついていれば、やがて本物になって実現するんだ」。平野さんはそう言い続けて熱心な支援を続けてきたが、会はメンバーの高齢化に伴って解散。平野さんも2019年8月に97歳で亡くなった。
 飯淵さんは「みんなきっと、草葉の陰で喜んでいると思います」としみじみ語る。23日の初戦(対京都国際)は亡くなった多くの会員の思いと共に、スタンドで観戦する予定だ。

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