「復興再考」第9部 社会の行方(2) エネルギー自治/地域電力の拡大 道半ば

 エネルギー源を地域主導で「自然」中心に転換する道のりは、なお険しい。

 東京電力福島第1原発事故によって2017年3月まで、全村民の避難が続いた福島県飯舘村の中心部に、出力49・5キロワットの太陽光発電施設がある。14年に約40人の村民らが出資して設立した地域電力会社「飯舘電力」の第1号発電所だ。

 地元の農家でもある菅野宗夫社長(70)は、7年近い避難生活を経験しながら、発電用地の確保などに努めてきた。「事業環境には厳しさもあるが、できることをやる。原発事故で分断された村の再生を目指す」と力を込める。

 これまで小規模な太陽光発電所を村内に49基建設し、主に生協系の小売事業者に供給してきた。黒字を確保しつつも、19年以降、新規の建設は中断を余儀なくされた。

 原発事故を教訓に、国が再生可能エネルギー拡大のため12年に導入した固定価格買い取り制度(FIT)の見直しが相次ぎ、採算性が見込めないためだ。新規の太陽光発電の売電価格は、会社設立時に比べ半値以下に落ち込んだ。

 千葉訓道(のりみち)副社長(67)は「新規開発は、資金やマンパワーが豊富な大企業でなければできない状態。地域電力を後押しする制度もほとんどなく、規制ばかりが目立つ」と指摘する。

 設備投資の先行きが不透明さを増す中でも、オンラインで事業内容や村の復興状況を紹介するバーチャルツアーを開催している。小規模でもこつこつと再生エネを増やすことが、原発のない社会の実現につながると訴える。

 菅野社長は「地道な取り組みを続け、後世にエネルギーの在るべき姿を伝えたい」と先を見据える。

 過酷事故を引き起こした原発という大規模集中型の発電システムの対極として「小規模分散型」の再生エネ発電に取り組む地域電力会社がこの10年、全国各地に誕生した。

 だが、大手電力が14年以降、送電網の「空き容量が少ない」として再生エネの接続を制限した。地域電力が想定していた全量買い取りの前提が崩れ、事業環境は厳しさを増す。

 福島の原発事故の被災地は、地域電力の苦境を横目に、中央資本による大規模太陽光発電所(メガソーラー)などの建設が相次ぐ。かつての東電による原発建設と同様、「植民地型」の開発が二重写しになる。

 飯舘電力など約60社でつくる全国ご当地エネルギー協会の飯田哲也事務総長(62)は「地域電力は踊り場にあり、次の事業展開に苦しんでいる。規制緩和や、地域の内外から出資を促す制度が必要だ」と訴える。

 閉塞(へいそく)した状況を打開しようと、飯舘電力の提携企業の一つで「エネルギー革命による地域の自立」を掲げる会津電力(喜多方市)は昨年12月、電力を小売りする子会社を新設した。

 会津電力は太陽光や小水力など計約90の再生エネ発電所を運営する。消費者と直接つながりながら再生エネの普及を図るため、年内にも小売事業を本格化させようと準備を進める。

 佐藤弥右衛門会長(69)は「消費者の選択には、世の中を変える力がある。気候変動や原発のリスクを認識し、電力を選んでほしい」と強調する。

地産地消のモデル確立へ

 太陽光や風力など再生可能エネルギーの拡大と並び、日本のエネルギー政策の転換点となったのが「電力小売り全面自由化」だ。2016年4月の開始から5年。家庭や企業に電気を売る電力小売事業者(新電力)は東北6県に43社誕生した。いま、厳しい経営環境にさらされている。

 「もうつぶれる。そう覚悟するしかなかった」

 年末年始、鹿角市の第三セクターの新電力「かづのパワー」を襲った電力市場の異常事態を、市産業部の成田靖浩政策監(47)は苦々しく振り返る。

 19年設立の同社は、市内の三菱マテリアル永田水力発電所と契約を結び、小学校など53施設に電力供給してきた。地元の消費する電力を地元の再生エネなどで賄う「電力の地産地消」の取り組みだ。

 ところがこの冬、電力を一部調達する電力市場で需給が逼迫(ひっぱく)し、1キロワット時5~7円だった価格が100円超に急騰。同社は3200万円の資金不足に陥り、2月に売電事業を休止した。

 最終的には市の支援で会社存続が決まったものの、自治体が設立に携わった地域新電力20社で事業休止は初めてのケースだった。

 「東日本大震災があったから、つぶれるわけにはいかなかった」と成田さん。

 あの日、日本海側の鹿角市でも翌日の午後10時まで大規模停電が続いた。鉱山開発を手掛けた三菱が水力発電所や地熱発電所を設けるなど「エネルギー自給率300%超え」が市の自慢だったが、全く使えなかったことにショックが広がった。

 震災を機に、地元の資源の恩恵を享受しようと設立したのが地域新電力だ。成田さんは「豊富な再生エネを地域企業にも供給し、稼ぎをつくることが地方が生き残る道だという確信は変わらない」と再起を誓う。

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故後、新電力は被災地だけでなく全国に700も誕生した。

 いまや家庭向け電力シェアの2割を占めるが、安さをアピールする中央資本が中心で「大手優位」は変わらない。地方が電力を地産地消することで、地元に雇用と所得を生む「エネルギー自治」は道半ばにある。

 JR仙石線石巻あゆみ野駅近くに東松島市の復興の象徴と呼ばれる「スマート防災エコタウン」が広がる。太陽光パネルや蓄電池、発電機と災害公営住宅85戸などが自営の送電線で結ばれ、3日間は停電しない。

 市に運営を任されている地域新電力「東松島みらいとし機構」は、利益を雇用やまちづくりに還元。昨年は事務所に子どものキャリア教育の場を設けたほか、被災農地でビール原料の大麦を栽培して仙石線矢本駅前に立ち飲みバーまで開いた。

 市場価格の急騰で5年分の蓄えが消えた。春からは市の補助もなくなるが、震災後に帰郷して設立から携わる渥美裕介代表理事(36)の思いは揺るがない。

 「電気を安く売ることが目的ではない。再生エネを地産地消して地域の課題を解決する。再生のモデルを形にするのが震災を経験した私たちの使命」。原発事故がもたらした価値観の転換は、10年の節目も通過点にすぎない。

電力の供給状況をモニターで確認する東松島みらいとし機構の渥美さん(中央)=2月25日、東松島市
河北新報のメルマガ登録はこちら
震災10年 復興再考

 東日本大震災は命、暮らし、教育、社会の在りようを根底から問い直した。私たちが目指した「復興」とは何だったのか。政府の復興期間の節目となる震災10年に向け、その意味を考えたい。

震災10年 復興再考

震災10年 あの日から

復興の歩み


企画特集

先頭に戻る