「復興再考」第9部 社会の行方(4) 中央と地方/一方的関係から連帯へ

ワカメを収穫する松井さん(手前)。「自然と一体化した生活でストレスはない」と話す=2月26日早朝、東松島市宮戸島沖

 東日本大震災は、人や食料が地方から中央に一方通行で流れていた関係性も揺さぶった。地方の価値が見直され、多様なつながりがゆっくりと芽生えている。

 2月26日早朝の東松島市宮戸島沖。漁業松井直人さん(46)=東松島市=が船の小型クレーンで養殖縄を引き上げた。長さ2メートルを超えるワカメが、海面からカーテンのように現れ、先輩漁師と一緒に手際よく船に積み込んだ。

 市の地域おこし協力隊の任期を終えた2019年、宮戸島に自宅を構えた。漁業のほか、休耕田30ヘクタールを預かり、仲間と一緒に作付けをする農家の顔も持つ。昨年5月には海岸清掃など環境保全を推進する法人を設立し、地域貢献にも取り組む。

 埼玉県新座市出身の松井さんは移住前、東京の運送会社に勤めていた。転機となったのは震災。ボランティアで入った東松島市で、地域住民と交流を重ねるうちに「東京じゃなくてもいい。地域の一員になりたくなった」と当時の心境を振り返る。

 収入は東京にいた時の方がはるかに多かった。それでも「東松島には豊かさがあふれている。自然に囲まれ、地域とともに暮らすことが自分らしい生き方だ」と話す。

 地方の魅力に気付き移住を決めた人がいる一方、地方から首都圏への人口流出に歯止めはかかっていない。

 総務省の人口移動報告によると、20年は新型コロナウイルス禍の影響で東京一極集中の流れが一時的に鈍ったものの、東北6県の全てで転出者が転入者を上回り、計2万1376人が流出した。転出先の大半が首都圏だ。

 移住・定住促進政策に詳しい東北活性化研究センター(仙台市)の主任研究員伊藤孝子さん(40)は「地方に興味がある人が即、移住につながるわけでない」と指摘する。仕事やボランティアなど多様で継続的な関わりが、地域への関係性を深めて人の流れを変える可能性を高めるという。

 震災後、東北各地には多種多様な人たちがボランティアで駆け付けた。伊藤さんは「震災で東北の閉鎖的な部分がかき回され、多様性を受け入れる素地はできている」と期待する。

 食べ物を通して、都会と地方の新たな関係を築こうとする動きもある。全国の農家、漁師ら生産者と消費者を結ぶ通販サイト「ポケットマルシェ(ポケマル)」だ。花巻市の会社が運営する。

 登録した約3800人の生産者が、自分で価格を決めて出品する。消費者は会員制交流サイト(SNS)を通し、生産者に直接調理方法などを質問できる。購入後も交流は続き、生産者に食材の感想を伝え、結び付きを深められる。

 花巻市出身の高橋博之社長(46)は、復興支援に来たボランティアが逆に被災地での交流に癒やされる場面を目にして、都会と地方の連帯の必要性を痛感した。「ポケマルの狙いは、消費者も生産者も支え合っていることを実感することだ」と力説する。

 コロナ禍の緊急事態宣言が発令され買い占め騒ぎが起きた際、生産者から消費者に「食べ物を送るよ」という連絡が相次いだという。「都市と地方は人のつながりで生きられる」と高橋さん。その関係に対立も従属もない。

被災地が育む「創造力」

 東日本大震災で人口流出が加速した被災地でふるさとの魅力を見つめ直す学びが広がり、子どもたちの「生きる力」を育んでいる。

 「おはようございます」。3日午前7時すぎ、塩釜市の塩釜港で小中学生約40人が市営汽船に乗り込んだ。船は松島湾を進み、小中一貫校「浦戸小中」がある浦戸諸島の野々島に向かった。

 児童生徒43人のうち島外の子は42人、島の子は1人だけだ。島民の船舶販売修理業遠藤勝さん(57)は「学校がなければにぎやかな声も聞けない。通ってもらってありがたい」と語る。

 ノリやカキの養殖が盛んだった諸島の住民は1957年の2100人をピークに減少。震災の津波で多くの家屋や船が流され、島民は2011年2月の589人からほぼ半減し、今年1月は314人になった。

 05年度に小規模特認校制度を活用して学区外の児童生徒を受け入れ始めた。当時3人だった島外の子は10年度に24人、震災後の18年度は最多の52人まで増えた。

 通学も不便な島外の子どもたちを引き付ける魅力は、自然の豊かさと少人数制の教育の手厚さだ。15年度に小中一貫校に移行し、独自科目「浦戸科」を創設。カキむきやノリすきなどの体験学習もできるとあって、市内外の子育て世代の関心がさらに高まった。

 中2の長女と小3の長男を通わせる塩釜市の会社員菅井信吉さん(47)は「大自然の中で伸び伸び育っている」と成長を実感する。

 岩手県大槌町も震災で人口減少に拍車が掛かり、教育環境の見直しを迫られた。16年度に小中一貫の義務教育学校「大槌学園」が開校し、伝統の新巻きザケ作りなどを体験する「ふるさと科」で郷土愛を育む。

 18年度から新たに着手したのが町内唯一の高校、大槌高(生徒146人)の魅力を高める取り組み。活動を推進する町の教育専門官菅野祐太さん(33)は「何も対策をしなければ学校がなくなる恐れがある厳しい状況だった」と振り返る。

 10年度に120人いた入学者は18年度、53人に減った。21年度には38人となり、1学年2学級の維持が困難と予測されていた。

 危機的な状況で参考にしたのが島根県海士(あま)町の隠岐島前(どうぜん)高の「高校魅力化プロジェクト」だ。過疎地という課題山積の環境を逆手に地域探究型の授業を取り入れるなど学校の魅力を高め、生徒数を10年で2倍以上に伸ばした。

 大槌高も地域を舞台にした課題解決型のカリキュラム「三陸みらい探究」を19年度にスタート。生徒は地域に出て子ども食堂の運営に携わったり、震災の教訓から防災無線の効果的な呼び掛け方を独自に研究するなど、主体的に取り組む姿勢が芽生えてきた。

 活動を助言する東大大学院の牧野篤教授(教育学)は「価値観が多様化する現代では偏差値の高さより、地元の課題に深く向き合い、新たな発想を創造できる高校生が求められている」と指摘する。

 三陸みらい探究は、三陸地域の復興をリードする人材育成の場でもある。菅野さんは「この10年はハード中心の復興だった。今後はどんな町にしたいか、どんな生き方をしたいかを自分で考える力が地域に必要だ」と未来を見据える。

塩釜市営汽船で読書や宿題をする「船勉」に取り組みながら通学する浦戸小中の子どもたち=3月3日、松島湾
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