社説(3/11):東日本大震災10年/復興格差、心のひずみに目を

 店が軒を連ねた名残は、何一つ見つからない。

 福島県富岡町のJR常磐線富岡駅前。視線の先に広がる大海原が10年前、暴れ出した。美容室の時計は「午後2時46分」で止まった。約50分後、商店街は津波で壊滅した。

 富岡駅前は今月25日に始まる東京五輪・パラリンピック聖火リレーのルートの一部。更地は新たなまちづくりの息吹を感じさせるが、担い手である町民の姿が見えない。

 リレーの出発地点「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町、広野町)からも見えないものがある。除染廃棄物の袋の山、バリケードで隔てられた帰還困難区域の民家、商品が放置されたままの小売店-。

 サッカーのナショナルトレーニングセンターとして生まれたJヴィレッジは、東京電力福島第1原発事故の収束作業拠点となり、2年前に全面再開した。「復興のシンボル」と地元自治体が胸を張る施設から、事故の後遺症は見て取れない。

 国が国内外に発信したいのは日の当たる部分だけなのか。「復興の光」と対をなす影は見せたくないのだろう。

 帰還困難区域は時が止まったまま、除染と避難解除の計画がない「白地地区」と呼ばれ続けるのだろうか。

 現実を直視し、福島が背負わされた課題を共有する好機だ。これこそ「復興五輪」を開催する意義ではないか。

 宮城、岩手両県と福島県の復興格差が顕著だ。

 河北新報社が被災3県の首長にアンケートした結果、復興の進み具合を数値で示す「復興度」は明確な差が出た。

 宮城は15人全員が「90%以上」。岩手(12人)は4人が「100%」と回答し、6人は「90%」。福島(15人)は大熊町と双葉町が「30%」、飯舘村は「40%」と低い。

 宮城、岩手両県はハード面の整備が総仕上げの段階に入った。一方、福島県は原発事故による影響が長期化したため立ち遅れている。

 インフラの原状回復が復旧の目的なのに対し、復興は創造的であるはずだ。産業や住民自治の新たな可能性を見いだし、コミュニティーを持続、発展させたい。

 高齢化と人口減の加速は、被災地共通の課題だ。安全に暮らせる活力あるまちづくりをどう進めるかが、被災地の未来を切り開く鍵になろう。

 時間が経過しても、解決できないことがある。

 「学校に迎えに行っていたら」「『家に戻るな』と呼び掛けていたら」-。死んだ子の年を数え、さよならも言えなかった喪失感と自責の念にさいなまれている遺族の悲痛な声に耳を傾け続けたい。

 被災者の「心のケア」が極めて重要だ。安住の地と期待した災害公営住宅で、誰にも気付かれない「孤独死」が後を絶たない。一人一人の命と向き合い、つながりを太く紡いでいくことが、災後を生きるわれわれの責務である。

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