<ストーリーズ>亡き母が歩んだ道進む/橋浦 愛斗さん(18)名取市

【2021年4月】「『しっかりね、頑張ってね』と母に背中を押された気がした」と愛斗さん。きりっと表情を引き締め、しっかりとした足取りで入社式に臨む。奥は名取市閖上地区の災害公営住宅=1日
【19年10月】日和山の近くにあった自宅跡地を訪れ、思い出を語る父橋浦美一さん(左)と愛斗さん

 「母の分まで頑張って仕事をしたい」。4月、期待に胸を膨らませ、新たなスタートラインに立った。

 名取市閖上の災害公営住宅に住む橋浦愛斗(まなと)さん(18)は、同市の笹かまぼこ製造「ささ圭」に就職した。

 東日本大震災で犠牲になった母ともえさん=当時(32)=が働いていたのも、閖上にあった「ささ圭」の工場だった。小学生のころ、学校から帰ると一目散に会いに行ったこともある。「もらった揚げたてのかまぼこがおいしかった」と懐かしむ。

 高校2年の時、職場体験でかまぼこ工場を選んだ。魚のすり身が焼ける香ばしいにおいに、当時の記憶がよみがった。「母が懸命に打ち込んだ仕事ってどんなものだろう」。進路の決め手になったのが、ともえさんへの思いだった。

 震災時、小学2年生だった愛斗さんは旧閖上小の校舎に避難して助かった。警備員の父美一(よしかず)さん(44)は市内の工事現場にいて無事だったが、ともえさんと祖父母が帰らぬ人になった。

 仮設住宅から故郷の閖上に父と戻って3年が過ぎた。家族3人の遺骨は「いつでも一緒にいたい」と、父の意向で自宅の一室に置いている。

 1日の入社式に臨む前、仏壇に手を合わせた。「仕事を通じて、少しでも母に近づければ」。スーツ姿の青年は静かに誓った。(写真映像部・小林一成)

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