<仙台いやすこ歩き>(138)山菜(料理編)/春を告げる香りと苦み

 春だもん。いざ、春の恵みをいただかんと、山里へ。今日は、太白区秋保町にある「秋保ベジ太倶楽部(くらぶ) 農家のレストラン」にやってきた。

 秋保大滝の手前で看板が見え、車から降りる。そう、今日は画伯の友人のまみさんの車に乗せられてきたので、いやすこは3人組なのだ。そこで、軽トラックできた農家のレストランのご主人でもある、大滝自然農園の佐藤茂さん(70)とばったり。

 奥さんの秀子さん(68)も迎えてくれ、早速、佐藤さんが農園から採ってきたばかりの野菜をテラスのテーブルに広げて、「触ってみて」という。「うわ~、やわらかい」と感激する3人に、「でしょう」とにっこり。

 レタス、ルッコラ、ケール、ナノハナ、そして雪の下から掘り出してきたハクサイ。こうした自家製野菜で今日のランチが作られるわけだもの、期待は膨らむばかりだ。

 通されたのは奥の部屋で、大きな窓から畑と林、そして小高い山並みと、心洗われるような里景色が広がる。ご主人が沢で摘んできて飾ったというワサビの花を前に、話を伺う。

 もともとご主人は秋保の生まれで、会社勤めのかたわら畑をやっていた。「秋保に住むようになったら、光熱費3000円で生活できたんです。それで2人で百姓やっぺしって始まったの」。以来40年以上、佐藤さんが一心に取り組んできたのは、農薬・化学肥料を一切使用せずに作る、無農薬野菜。「食は命。ここを無農薬の里にするんだ」と、汗して励むご主人が作ったおいしい野菜を食べてもらいたいと、2000(平成12)年、農家のレストランはオープンした。

 「少しの間コロナで休んでいたので、4月中旬以降に再開する予定なの」。というわけで、私たちはたまたま再開前のリハーサルも兼ねた日に取材できるという幸運に恵まれたのだ。

 開店して2年間は眠れなかったと話す秀子さん。5年たってお客さんが増え始めた。「飽きたらやめていいと思っていたけど、飽きなかったの。あれもこれも食べさせたいと、ピーク時には100種類ほどの野菜を作って」とおおらかに笑う。

 調理するのはもっぱら秀子さん。盛り付けや配膳をするスタッフの丹野まゆみさん(49)はお客さんとして来店していた人で、料理好きが縁で、今では川崎町から通っている。「朝、空気の透き通ってるうちにやってくるのが楽しみで」と話す。

 そんな清らかな里で愛情豊かに育った野菜たちのランチコースは、まず野菜のしゃぶしゃぶ、そしてこの季節にだけ味わえる山菜の天ぷら。今日はカンゾウとバッケなど。「あ~、この香り、この苦味がたまらない」。山菜は冬にたまった老廃物を排出してくれるとよく聞くが、秀子さんは山菜や旬の野菜が次の季節に備える体も作ってくれるのだと話す。

 「今の旬のものを飽きるほど食べることで、夏場をしのげる体になるの」。今日も、山菜・野菜料理をたっぷり10品食べたが、まだまだ飽きるほどではない。山菜の季節は、これからコゴミ、シドケ、タラノメへと進む。また来なくっちゃ!

おぼえがき/高度経済成長後に再注目

 食用植物の中で、畑などで人間が管理して育成するものが「野菜」で、一方、自然環境の中で自生しているものを「山菜」としている。品種改良を重ねてきた野菜は、味がよく収穫量も安定しているのに対し、野生植物である山菜にはあくや苦味があり、収穫量や出回る季節も限られている。ハマボウフウやオカヒジキなど海浜で自生する食用植物も山菜に含まれる。

 縄文遺跡からもタラノメの種が発見され、古来、山菜のあく抜きや塩漬けが行われていたとされるが、近代は野菜が主役だった。山菜が再び注目されてきたのは、高度経済成長以後に生活が向上したことで、一種の嗜好(しこう)品として野菜にはない風味が珍重されるようになったため。現在は山菜の知名度向上により、商品作物としての栽培も普及している。

 アウトドアの一種として山菜採りも行われるようになったが、山岳遭難やクマ、イノシシなどとの遭遇による事故も増えており、各地で注意が呼び掛けられている。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。

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仙台いやすこ歩き

土地にはその土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター・みうらうみさんとイラストレーター・本郷けい子さんが仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


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