被災サーファー物語(6完) 復興と交流 促す拠点に

活動拠点の「エス ナトリベース」で仲間たちと交流する白土さん(左から2人目)と博子さん(左端)=名取市閖上地区

<ベテラン>(下)普及 福島県富岡町・白土栄一さん(72)

 カラフルな色合いのトレーラーハウスが2020年9月、宮城県名取市閖上地区の名取川河口近くに出現した。
 福島県富岡町出身の白土栄一さん(72)、博子さん(56)夫妻が運営するマリンスポーツ「スタンドアップパドルボード(SUP)」の普及拠点「エス ナトリベース」。「子どもと遊べる秘密基地」がキャッチフレーズだ。
 白土さん夫妻は東京電力福島第1原発事故で自宅周辺が帰還困難区域となり、博子さんの出身地仙台市での避難生活を強いられた。生活の拠点は確保できたが、年間3億円の売り上げがあったショッピングモール運営など手掛けてきた事業を全て失った。

危機を救う

 原発事故前にサーフィン中の事故で親友を亡くし、度重なる不幸に一時は自失状態に陥った白土さん。危機から救ったのはSUPとの出合いだった。「操作は簡単で老若男女誰でも楽しめる。海、川、湖、水の上でパドルをこいで肌で自然を感じるのは格別な気分」と魅力を語る。
 1960年代後半にサーフィンを始め、地元では先駆者として知られる白土さん。SUPを紹介してくれたのはハワイのサーファー仲間だった。アクティブなサーフィンとはひと味違った感覚の面白さに引かれ、2009年に始めた。今では博子さんとともにインストラクターの資格を持ち、スクール経営と大会運営、用具の販売などを新たな仕事にし、普及に取り組む。
 15年に愛好団体「ノースショアSUPクラブ」を発足させ、クラブ員は現在40人まで増えた。日本SUP協会の東北ブロック長を務め、近く同協会理事に就任予定。普及活動は順調だ。
 震災の大津波で壊滅的な被害を受けた閖上地区は復興途上にある。交流人口を増やす新たな魅力として、関係者がSUPに寄せる期待は大きい。白土さんは「愛好者は今後も増えていくだろう。一緒に盛り上がっていきたい」と話す。

故郷に活気

 17年4月、原発事故に伴う富岡町の避難指示が帰還困難区域を除いて解除されると、白土さん夫妻は頻繁に地元へ足を運ぶようになった。昨春、クラブ員用ゲストハウス「富岡ベース」を新設。今後SUPの合宿活動などに活用していくという。「仙台、名取をベースに、人が少なくなってしまった故郷もSUPで活気づかせていきたい」と意気込む。
 夫妻が追い求めるのは「タウン(仙台圏) アンド カントリー(富岡)」。双方を行き来する理想のライフスタイルが、今シーズンから本格化する。(相原研也)

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