【焦点】「復興」の看板、役所から姿消す 他業務に軸足移る

名称変更で「復興」の文字が消えた仙台市の防災環境都市推進室

 東日本大震災の津波で被災した岩手、宮城両県の沿岸27自治体の2021年度体制で、課や部の名称に「復興」の文字を残して関連業務を継続するのは7市町(25・9%)となり、20年度の15市町から半減した。震災から10年が過ぎ、ハード面の復興事業にめどが付いたことや国の復興・創生期間(第1期)終了に伴い、他の業務に軸足を移す動きが進んだとみられる。
(報道部・柴崎吉敬)

 課以上に相当する部署で「復興」の名称の有無を尋ねた。7市町は陸前高田、釜石、石巻、気仙沼、東松島の5市と岩手県岩泉、宮城県七ケ浜の2町。
 岩手で名称が消えたのは3市町。山田町は復興企画課の名称を政策企画課に変更した。町総務課は「主要な復興事業と町の復興計画が終わり、今後は復興後の町づくりの検討に注力する」と説明する。
 災害復興局を廃止した大船渡市も事業の大部分の完了と復興・創生期間の一区切りを理由に挙げる。大槌町は復興推進課を他部署と統合し、地域整備課を新設した。いずれの市町も被災者の支援業務は継続する。
 宮城では仙台、塩釜、多賀城、岩沼、女川の5市町が復興推進課を廃止したり名称を変えたりした。
 仙台市は、部に相当する防災環境都市・震災復興室を防災環境都市推進室に変更。災害や新型コロナへの対応力強化のため危機管理局を設置した。市人事課は「被災者の心のケアや被災地の跡地利用は引き続き重要な課題だ」と強調する。
 多賀城市は市長公室の震災復興推進局を廃止した。市によると、本年度は第6次総合計画の初年度に当たり、高齢化などの課題に取り組む必要も高まっているという。
 他自治体から派遣される応援職員も減り、行政運営の効率化も迫られる。19年度末で復興推進課を廃止した南三陸町は「限られた人員で持続可能な組織にするため、課として存続するだけの業務量があるかを検討した」と振り返る。
 一方、現在も復興を冠する課や部などが残る7市町のうち、陸前高田市は21年度に復興局を廃止し、課に相当する復興支援室を設置した。石巻市も復興関連業務に当たる部を、従来の3部体制から2部体制に再編した。岩泉町の復興課は専従職員が1人という。
 釜石市復興推進本部の幹部は復興庁の設置延長が組織を維持した主な理由と説明。「復興は終わっていないとの認識だ。被災した市民の心情に寄り添う意味もあり、復興の看板を下ろすことはできない」と語る。

福島での存続 4市町のみ 原発立地自治体など

 東京電力福島第1原発事故の影響が長引く福島県の自治体でも、「復興」を冠した部署が減っている。津波被害や避難指示区域があった15市町村の部・課以上で、これまで復興を名称に含む部署を置いていたのは11市町村。2021年度体制は第1原発が立地する大熊、双葉両町を含む4市町が存続させる。
 大熊、双葉両町は大部分が帰還困難区域となり、復興の進捗(しんちょく)は双葉郡8町村の中でも遅れている。大熊町は20年3月までに一部区域などで解除されたが、町の大半は避難指示が続く。双葉町は、22年春の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示解除と住民帰還の開始を目指す。
 大熊町では復興事業課を中心に、JR常磐線の駅周辺で残っている施設整備などを進める。町民意向調査では帰還を希望する住民は少ない。町担当者は「新たにまちをつくり、産業を生み出さなければ先はない。復興は始まったばかりだ」との認識を示す。
 双葉町復興推進課も「住民帰還に向けた準備段階で、多くの人に住んでもらう取り組みがさらに必要。他の市町村とは置かれた状況が異なる」と説明する。
 11年9月まで緊急時避難準備区域だった広野町も復興企画課を残す。町によると、新型コロナの影響もあり、駅改修などの復興事業で関連企業との調整に難航し、工程が遅れた。町担当者は「今後3年間が復興の総まとめ期間だ」と話す。
 16年に帰還困難区域を除く小高、原町両区の避難指示が解除された南相馬市でも、復興企画部が継続して業務に当たる。
 15市町村の原発事故関連の部署は他に、食品の放射性物質の測定、公表を担う相馬市の放射能対策室や川俣町の原子力災害対策課、いわき市の原子力対策課などが存続している。

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