社説(4/24):被災者支援10年/経験を地域福祉に生かそう

 東日本大震災発生から10年が過ぎ、沿岸の被災地で被災者の見守り相談や交流促進などを担ってきた支援員の活動が岐路を迎えている。宮城県では従事者が年々減少し、拠点となった「サポートセンター」の閉所や縮小が続く。
 被災者の孤立を防ぎ、心身のケアやコミュニティー形成をいかに進めるかは依然として大きな課題。本年度からの第2期復興・創生期間でも寄り添う支援が求められる。一方、空前の規模だった活動を検証し、経験を人口減少社会の地域づくりに生かす道筋を具体的に考える時だ。
 宮城県内では津波被害が大きかった13市町に60を超えるサポートセンターができた。国費を財源とした事業を受託した社会福祉協議会や社会福祉法人、NPOなどが支援員を雇用。多い時で1000人ほどが仮設住宅などで被災者の声に耳を傾け、専門職のいる関係機関につないで生活再建を支える活動を展開した。
 特徴は、福祉などの専門知識を持たない住民が数多く従事したことだ。被害が甚大で保健師など専門職が足りなかった。被災し仕事を失った人の雇用確保の意味もあった。住民だからこそできた支援があったと評価されている。
 被災者でもある地域住民が土地の習慣や文化を踏まえ生活者の視点で動くことで受け入れられやすい面があった。古里に貢献したいとの思いを持つ人も多かった。事情に詳しい本間照雄・元東北学院大特任教授(福祉社会学)は「身近な他者として自立という自己決定を支えた」と分析。住民ならではの「市民的専門性」が発揮されたとみる。
 被災者が再建した自宅や災害公営住宅などに移る中、支援態勢は縮小している。宮城県の支援員は多い時の5分の1程度となっている。
 組織見直しも相次ぎ、宮城県の委託で支援従事者の研修や意識の共有などを支えた県サポートセンター支援事務所も昨年度で活動を終えた。
 支援態勢が縮小しても多くの住民が支援の経験を積んだ意義は大きい。支援員が地域に戻り、民生児童委員などとして地域福祉を担ったり、婦人会役員などに就いて地域活動をリードしたりしている。
 行政窓口につながっていない人の声も住民相互の支え合いですくい上げ、必要に応じて専門職などと結ぶ「お互いさま」の取り組み。新型コロナウイルス禍で困窮、引きこもり、孤立などの課題の深刻さがはっきりした。被災地の実践を、住民主体の地域福祉、住民自治を進める平時の仕組みに生かし、地域共生社会づくりにつなげたい。
 宮城県も本年度から5カ年の地域福祉支援計画に「被災者支援での経験やスキルを活(い)かし、住民同士の『地域における支え合い活動』として展開していく必要がある」と盛り込んだ。まだまだ必要な被災者支援を継続しながら具体化する方策を探ってほしい。

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