<あなたに伝えたい>かけがえのない時間 抱きしめて

笑子さん(左)との外出を楽しむ清子さん=4月21日、石巻市
安田文夫さん
安田きり子さん

 石巻市の安田清子さん(72)は東日本大震災で夫の文夫さん=当時(61)=を亡くした。会社事務所で津波に巻き込まれた。寝たきりの義母きり子さん=同(85)=は津波で一命を取り留めたが、被災した自宅から身動きが取れず、2日後に息を引き取った。

 文夫さんは腕の良いエンジニアだった。出張先のインドから帰って3日目。石巻市魚町で経営していた船舶修理会社の事務所で津波に見舞われた。

 清子さんも地震発生時は事務所にいた。認知症で寝たきりのきり子さんが気になって、文夫さんに「様子を見てくる」と伝え、車で同市門脇町の自宅に向かった。これが夫婦の最後の会話になった。

 帰宅して逃げる余裕もないうちに津波に襲われた。清子さんは水の勢いで天井まで押し上げられ、きり子さんは寝たままの状態で介護ベッドごと浮かんだ。水が引いて2人とも無事だったが、その後も2波、3波、4波と繰り返し津波が襲った。

 夜になって2階に避難した。全身ずぶぬれで震えが止まらず、雪が降る中、体を寄せ合って寒さをしのいだ。寝たきりのきり子さんを連れて避難することもできず、その場で2晩を過ごした後、衰弱したきり子さんは13日午前11時50分すぎに亡くなった。

 清子さんは翌日、自宅の壁に黒ペンで「安田きり子の遺体を茶の間に置いて行きます。収容をお願いします」と書き、親類宅に身を寄せた。亡きがらをそのままにして離れることが、無念でならなかった。

 清子さんは新潟市(旧新津市)出身で、25歳の時に嫁いだ。文夫さんは仕事一筋。自宅でもエンジンの話を熱っぽく語った。きり子さんは手先が器用で縫い物が好き。清子さんの長女で身体と知的に障害がある笑(えみ)子さん(45)のために縫いぐるみの洋服も作ってくれた。

 清子さんは日々、仏壇で2人や先祖に向かい、今も生かされていることに感謝の気持ちを伝える。

 2019年11月に胆のうがんが発覚した。昨年2月に治療経過を踏まえて「余命はあと1、2年」と言われてから1年が過ぎた。

 「笑ちゃんが一人にならないように生かされているのかな」

 市内のグループホームで暮らす笑子さんに毎週欠かさず会いに行く清子さん。文夫さんときり子さんに見守られながら、笑子さんとかけがえのない時間を大切に過ごす。
(報道部・鈴木拓也)

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