河北抄(6/4):脚本家で作家の向田邦子の父親は転勤族だっ…

 脚本家で作家の向田邦子の父親は転勤族だった。一家は1947年から3年近く仙台で暮らした。学生だった向田は東京に残り、折を見て仙台を訪れた。

 当時の彼女は黒を好んで着た。そのいでたちを、妹の向田和子さんはよく覚えている。「黒のロングスカートの姉は、仙台でひときわ目立ちましたね。すれ違う人がみな振り返るくらい」。文芸春秋編『向田邦子ふたたび』でそう述懐している。

 第1エッセー集『父の詫び状』の表題作は、仙台時代の出来事を題材にしている。典型的な「昭和の父」だった父親は不器用ながらも娘に愛情を注いだ。娘は時に反発を覚えながらも、父親への思いがにじむエッセーをつづった。

 父親は娘の来訪を内心待ち望んでいたに違いない。彼女はそれを知ってか知らずか、ロングスカートの裾を翻しながら仙台の街をさっそうと歩いたのだろう。セピア色の光景の中、ロングスカートの黒だけが鮮やかに浮かび上がる。

 向田が不慮の航空機事故で亡くなってから、今年の夏で40年になる。

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