つなぐ(4)記録/膨大な文書、まず残して

福島県大熊町が保管する震災後の大量の公文書(町提供)

 所狭しと積み上げられ、ほこりをかぶった段ボール箱が10年間の激動の歴史を物語る。

 東京電力福島第1原発事故で、2019年4月まで全町避難が続いた福島県大熊町。帰還困難区域にある町の施設に、事故後に作成された公文書が全て残してある。

 避難先の会津若松市から役場が町に帰還した後、町は20年度に文書の整理に着手した。内容に応じて保存期間を1年、3年、5年などと定めているが、原発事故前後の業務の変化が分かるよう10、11年度は全文書を「永年保存」と決めた。

 12年度以降は東日本大震災と原発事故の関連文書に限って保存する。町は「保管場所が限られるため、廃棄可能な文書を選んで量を減らしたい」と話す。

 震災関連の公文書は、初動対応や復旧復興の政策決定過程を示す重要な記録だ。教訓を伝え、歴史を検証できる。内閣府は12年度に適切な保存を国の機関に通知したものの、自治体は対象に含まれなかった。

 保存基準が示されず、保管場所に悩む自治体が多い。特別な措置を取らなければ保存期間が過ぎた文書から廃棄を迫られる。段ボール箱100個分を抱える同県浪江町は「大切な文書と認識しているが、収蔵用の建物は造れない。やがては処分するしかない」という。

 公文書か否かの線引きを含め、震災関連の文書廃棄が問題視されたケースは少なくない。児童、教職員計84人が犠牲になった石巻市大川小事故では、市教委が震災直後に児童や教諭らに聞き取った証言メモを破棄した。

 名取市閖上地区の犠牲を巡っても、被災状況を調べた市の第三者検証委員会の事務局が最終報告書の基礎資料を処分し、遺族が「報告書を事後検証する手段が失われた」と反発した。

 被災自治体は公文書にどう向き合えばいいのか。神戸市は阪神大震災から4年後の1999年、震災関連文書の「継続保存」を決めた。2010年度から8年かけて段ボール箱6400個分を整理した。

 義援金申請書や仮設住宅契約書は大量な上に個人情報が多く含まれ、廃棄を検討。住所が避難先の教室など「震災の経験や記憶がうかがい知れる」例を除き、段ボール箱2700個を処分した。保存文書の目録をインターネットで公開し、誰でも情報公開請求できる。

 震災資料に詳しい神戸大大学院研究員の佐々木和子さん(68)は「歴史研究者としては資料の『全量保存』が理想だが、膨大すぎて困る行政の事情も理解できた」と振り返る。

 神戸の場合、通常は公文書扱いされない資料も保存された。避難所で配られたパンやカップ麺のラベル、小学生が書いた避難所新聞が残る。神戸大関係者の助言を受け、1次資料の「訴える力」を重視した。

 東日本大震災の被災地では保存期間10年の公文書の廃棄が近づく。残すか、捨てるか。行政にとって歴史的価値の判断が悩ましいことも事実だ。

 佐々木さんは「公文書の保存は何があったのかを忘れない、なかったことにしないという意味がある。まずは残し、時間をかけて住民と選別基準を考えてほしい」と語る。

宮城県図書館が取り組むデジタルアーカイブの整理作業=10日、仙台市泉区

デジタル資料 活用に壁

 デジタル時代に起きた東日本大震災は史上空前の規模で地震、津波の写真や動画が記録された。デジタル資料を集めてインターネット上に公開し、後世に伝える「デジタルアーカイブ元年」と呼ばれる。

 デジタルアーカイブは写真や動画の投稿サイトと違い、著作権など権利関係がクリアされ、2次利用しやすい。宮城県は2015年6月に運用を始め、電子化した文書を含む約22万7000点を公開している。

 管理を担当する県図書館は現在、検索時に見つけやすくするため、写真を撮った日付や場所などの資料情報「メタデータ」の精度向上に力を入れる。

 「仙台市東部の浸水状況」と題された写真なら、写り込んだ商店名から住所を調べ、地図で風景を確かめて「若林区」などと書き加える。

 写真1枚につきメタデータは10項目以上あり、職員が資料を1点ずつ確認して入力するのは手間が掛かる。未公開の資料約18万2000点の権利処理も残るが、著作権者との連絡は年々取りづらくなっている。

 震災文庫整備班の加藤奈津江班長(51)は「被災現場の写真を見るとつらいが、当時の大変さが伝わる。せっかく集めた貴重な資料を将来の世代や被災地外の人が使える状態にしなければ」と職責に向き合う。

 震災では被災自治体や研究機関、IT企業がデジタルアーカイブを続々と開設した。国立国会図書館のポータルサイト「ひなぎく」は連携する53アーカイブの資料を検索でき、登録数は計約445万点に達する。

 課題は膨大な資料の利活用だ。この10年は収集に重点が置かれ、使われ方が後回しになった面がある。

 認知度も不足し、地域の防災・減災に役立てるという意義が浸透していない。

 デジタルアーカイブを研究する東北大の柴山明寛准教授(44)は「情報量が多すぎて、検索に必要な地名やキーワードの知識がなければ使いにくい。素材の生かし方を提案できる司書や学芸員のような存在がいないのも利活用の壁になっている」と指摘する。

 注目されるのが、17年3月にアーカイブを稼働させた岩手県の取り組みだ。自治体最多の約23万8000点を公開する。

 防災や減災の知識、地域への愛着、生き抜く力を育もうと県内全校で展開する独自の「復興教育」と連携しているのが特長だ。

 アーカイブを使う学習指導案や授業の動画を作成し、教員用の副読本の手引きには関連資料にたどり着けるQRコードを添付。画面上には、児童生徒向けに地震や津波のメカニズムなど21項目の学習コーナーを設けた。

 20年度、復興教育に特に力を入れる推進校33校のうち22校がアーカイブを利用した。震災の記憶や経験がない児童生徒が増える中、役割は重みを増している。

 県教委学校教育室の小松山浩樹主任指導主事(50)は「写真や動画以外にも新聞記事や子どもの作文を通じ、震災を自分事として捉えられる。住む地域を置き換えて備えを考えるなど、主体的に学ぶ姿勢につながる」と手応えを語る。

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 東日本大震災は命、暮らし、教育、社会の在りようを根底から問い直した。私たちが目指した「復興」とは何だったのか。政府の復興期間の節目となる震災10年に向け、その意味を考えたい。

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