第4部(2)コメの全量全袋検査で信頼積む

必死に取り組んだ全量全袋検査を振り返る佐藤=国見町

◎元検査運営責任者 佐藤長一(66)=福島県国見町

 コメをベルトコンベヤーに載せながら、安心と信頼を積み重ねた毎日。「おいしいコメを届けたい」とひたすら願い続けた約6年間だった。

 佐藤長一(66)は、伊達みらい農協(現ふくしま未来農協)を定年退職後、前検査責任者からの薦めなどもあり、2014年3月、同農協の国見営農センター(国見町)に設置されたコメの全量全袋検査場の検査責任者に就いた。

 文字通り全てを検査することに「画期的」と驚いたが、目の当たりにした検査体制は厳しいものだった。

 検査は午前8時半に始まる。町シルバー人材センターの登録者などが検査員の資格を取得して作業に当たる。バーコードシールを貼り、機械でコメ1袋(30キログラム)を次々とベルトコンベヤーに載せて放射性セシウム濃度検査機で計測。基準値の1キログラム当たり100ベクレル以下ならば、識別番号やQRコードが記載された検査済みのラベルを貼り付ける。作業は午後5時すぎまで続く。

 正確な検査を実施するために神経をとがらせる日々だった。1袋でも検査のミスがあれば後続のコメの検査データが変わってしまう。ラベルの貼り付け位置のずれも許されない。

 狭い倉庫内ではフォークリフトが行き来する。事故が起こらないように常に目を光らせた。倉庫内では「今から1袋いくよー」と検査員間の声が飛び交った。

 運び込まれるコメをさばくため、機械の故障以外は検査を止めることはない。秋の収穫時期には最大で1日2500袋、1時間当たり180袋を検査した。眠い目をこすりながら午前5時から翌午前7時まで交代で作業したこともあった。

 厳しい検査体制が敷かれているが、県産米は買いたたかれる。「むしろ福島のコメは世界一安全だ」と言い聞かせながら、運び込まれるコメと向き合った。

 農協に勤めながら、先祖代々続く土地を耕してコメを作ってきた。だからこそ国見のコメのおいしさはよく知っている。江戸時代から守り続けた田んぼにも放射性物質は降り注ぎ、他の農家と同じように数年間、田んぼにゼオライトやカリウムをまいて放射性物質の吸収を抑えた。

 県は18年、過去3年間基準値を超えた例がなかったことなどから、早ければ20年産米から抽出検査を実施すると表明した。

 「安全性は証明できるのか」「負担が軽減されるからコメ作りに集中できる」。農家からは抽出検査への移行を巡って賛否が噴出した。検査場に運び込むための車を借りたり、人を雇ったりと農家の負担は決して軽くはないと感じていた。

 20年8月、避難指示が出された12市町村以外では、全袋ではなく抽出検査に移行した。国見町では移行後、セシウム濃度が設定値を上回って県の詳細検査に回されたコメは1袋もなかった。

 20年11月で検査運営責任者の任務は離れた。「事故もなく無事に役目を終えることができた。毎日の検査の積み重ねが安心の土台をつくった」。今はそう感じている。
(敬称略)

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