河北春秋(7/10):古びた鉄の塊がある。円盤状で直径は30セ…

 古びた鉄の塊がある。円盤状で直径は30センチほど。内部に110発もの焼夷(しょうい)弾を束ねて収めていた集束焼夷弾の先端部という。本来の姿は全長140センチ、重さ200キロ以上。これが仙台の街に無数に降り注いだのである▼仙台市戦災復興記念館で31日まで開かれている『戦災復興展』。常設展を改めて見た。1945年7月10日未明、米軍による仙台空襲があった。約2時間で投下された焼夷弾は計911トン、24万7856発。市中心部は火の海となり死者は1399人に上った▼犠牲になった人々の無念、遺族の深い悲しみがにじむ展示。見る者の心を貫く。当時、片平丁国民学校の教諭だった横尾梅子さん。学籍簿を焼失から守る当番で子ども2人を夫に預け学校へ。夜が明けると焼け野原。捜し回った末に町内の防空壕(ごう)で息絶えた3人を見つけた▼80歳で出版した水墨画集に過酷な光景を描いた。「夫は娘を抱いて立ひざになり今にも立ち上がりそうな姿勢で…」。画中に添えられた言葉。戦争の悲惨さ、愚かさを語り継ぐ活動を続け、15年前に亡くなった▼焼夷弾の雨が街を焼き尽くして76年がたつ。世界では今も砲声におののく人々が絶えない。語られてきた戦禍の記憶は平和への継承譜。風化に歯止めをかけ、次世代に引き継がねばならない。(2021・7・10)

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