被災状況や防災の教訓、本気で発信を 「中野ふるさとYAMA学校」代表 佐藤政信氏<コロナ後の仙台市政に提言>

 仙台市長選(8月1日投開票)は選挙戦の折り返しを迎えた。目下の重要争点は喫緊の新型コロナウイルス対策だが、収束後を見据えたまちづくりの論戦も期待される。ポストコロナの仙台はどこへ向かうべきなのか。各分野の有識者に聞いた。

 -東日本大震災から10年がたった。市沿岸部の被災地の現状をどう見るか。

 「震災前に住んでいた宮城野区蒲生北部地区は、津波で少なくとも157人が犠牲になった。地区の一帯が災害危険区域に指定され、中野小は閉校。土地区画整理事業でさら地になり、以前の街並みを思い出すことが難しくなった。防災集団移転で散り散りになった住民の多くが、今もさみしい思いを抱えている」

 「旧中野小学区の住民グループ『YAMA学校』で案内している蒲生干潟、日本一低い日和山の近くには防潮堤ができ、地区の慰霊塔も完成し、住民の要望は多くがかなった。市内の他の被災地も集団移転跡地の利活用が進み、復興は一区切りがついたと言えるが、終わりではない」

 -「ポスト復興」を見据え、市に期待することは。

 「蒲生干潟や貞山堀の遺構など自然や歴史の資源を有効活用し、にぎわいを生んでほしい。仙台港周辺は水族館やアウトレットがあって集客力は高いが、車以外のアクセスが悪い。被災地を含め、数カ所を巡るバスを走らせるなど周遊の仕組みができれば、市東部全体の活性化につながる」

 -災害公営住宅で、さまざまな困難を抱えながら生活する被災者も多い。

 「健康問題やコミュニティーを巡って苦しんでいる人がいる。引きこもりがちでSOSを出せない高齢者も多い。収入超過世帯の家賃割り増しに伴い、転居を強いられた人もいる。自治組織で対応するには限界があり、行政は被災者が安心して住み続けられる環境整備を後押ししてほしい」

 -防災意識の向上や震災の教訓伝承は今後、さらに大きな課題となる。

 「被災した大都市として本気で取り組むべきだ。被災地を訪れるため仙台を経由する人々に、被害状況が十分に伝わっていない気がする。中心部に計画する震災メモリアル拠点も爪痕が残る沿岸部に置くべきだ。津波の恐ろしさや防災の大切さを訴える力が増す」

 「語り部活動もするYAMA学校への市の助成は前年度で終了し、募金やオリジナルグッズの販売で資金を得ている。防災への関心は全国的に高く、団体を存続させ、教訓を伝え続けることが大切。語り部団体への支援は続けてほしい」
(聞き手は報道部・柴崎吉敬)

[さとう・まさのぶ]福島県南相馬市出身。相馬農高卒。神奈川県の食品製造会社に入社し、1979年に転勤で仙台市に移住。東日本大震災後に退社し、宮城野区の仮設住宅の自治会長を務めた。17年に旧中野小学校区の記憶を残す住民グループ「中野ふるさとYAMA学校」発足と同時に代表に就任。75歳。

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