コロナ禍で変わる仙台七夕 まつりの原点をミュージアムで学ぶ

 今年の仙台七夕まつりは6~8日、新型コロナウイルス感染症対策のため、規模を縮小して仙台市中心部で開催されます。昨年は感染拡大を受け、戦後初めて中止されました。見物客が密になる形の祭りが当たり前ではなくなった今こそ、七夕まつりの原点を顧みる機会かもしれません。七夕ミュージアム(若林区)で勉強してきました。
(編集局コンテンツセンター・佐藤理史)

仙台市の七夕ミュージアム

 ミュージアムは2005年、笹かまぼこ製造・販売の「鐘崎」が本社工場の隣地に開設しました。コロナ禍前は年間約5万人が訪れた観光スポットです。約350平方メートルの八角形の建物に、5本一組の大型飾りが3組展示されています。飾り付け審査で2010、17、19年に地区の金賞を受賞した飾りで、とても華やかです。

 入賞の常連だった鐘崎は今年1月末に一番町店を閉店し、まつりで商店街に大型飾りを出すことはなくなりました。鐘崎の担当者は「ミュージアムを通し、仙台の文化を未来につないでいく役目を果たしたい」と話します。

七夕ミュージアム

 仙台七夕の歴史は古く、仙台藩祖伊達政宗の時代から広く行われてきました。陰暦7月6日の夕方に短冊などをつるしたささ竹を飾り、豊作や手芸の上達を願いました。ささ竹は7日朝、川に流します。素朴な習わしでした。

 大正時代、第一次世界大戦や不景気により衰退しましたが、1926(大正15)年、市中心部の商店街が合同で、七夕まつりと大売り出しを兼ねたイベントを実施。大勢の人でにぎわいました。

 この時期から、七夕行事の主役は「家庭」から「商店街」に移ります。昭和に入って「飾り付けコンクール」が始まると、飾りは年々華美になりました。第二次世界大戦で中断しましたが、46年に再び七夕が飾られ、一大観光イベントに発展していきました。

 ミュージアムの回廊には藩制期から大正、昭和を経て現代までの飾りが再現されています。吹き流しをくぐるたび、タイムスリップしたかのような気分を味わえます。

 仙台七夕固有の「七つ飾り」の意味も確認しましょう。「短冊」は学問や書道の上達、「吹き流し」は機織りの上達、「折り鶴」は健康や長寿、「投網」は豊漁、「くず籠」は清潔や倹約、「紙衣」は手芸の上達や子どもの成長、「巾着」は商売繁盛といった願いが込められています。

 主催する仙台七夕まつり協賛会は、七つ飾りの作り方を紹介する動画を公式ホームページで公開しています。親子で作り、家に飾るのも楽しそうです。

仙台七夕七つ飾り制作ガイドブック(まつり協賛会)

 例年であれば、市中心部のアーケードに大型の飾りが300本ほど並び、全国から約200万人が訪れる仙台七夕。今年は飾りを70本程度に減らし、触れられないよう高さ2メートル以上につるします。県外客には来場の自粛を呼び掛けます。

 生活様式の変容を迫るコロナ。その先に、どんな仙台七夕の未来が待っているでしょうか。

3組の大型の飾りが展示されている七夕ミュージアム=2021年7月14日、仙台市若林区

[七夕ミュージアム]営業時間は午前9時半~午後6時。入場無料。連絡先は022(238)7170。

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