河北春秋(8/19):「甲子園の土」を持ち帰る。最初に始めたの…

 「甲子園の土」を持ち帰る。最初に始めたのは福岡・小倉中(現小倉高)のエースで昨年89歳で亡くなった福嶋一雄さんと伝わる。夏の大会で3連覇を狙った1949年、準々決勝で敗退。「これが最後か」としょげこんだ▼地元に戻ると審判委員から速達の手紙が。「ユニホームのポケットに大切なものが入っている」。汗まみれのユニホームを逆さに振ると、ぱらぱらと土が落ちてきた。本塁近くで無意識のうちに土をすくう姿を審判委員が見ていたのだった▼コロナ下での夏の甲子園大会。選手はベンチでマスクを着け、校歌は小さな声で。もちろん、グラウンドの土を持ち帰ることは控えている。各校が感染防止対策を施す中、無情にも選手の感染で2校が辞退を余儀なくされた▼東北学院(宮城)は初戦でプロ注目の投手を擁した愛工大名電(愛知)を破り聖地初勝利をつかんだ。磨かれた「打ち勝つ野球」は勢いを増していた。宮崎商は憧れの黒土を踏めず去る。悔しさは想像に余る。応援する側も残念でならない▼「野球は私にとっての青春」。福嶋さんは甲子園の土に思い出を込めた。2校の選手たちは土を持ち帰れないが、白球に懸けた青春は輝きを放った。拍手とともに伝えたい。人生の次のステージへ歩もう。胸を張って堂々と。(2021・8・19)

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