<まちかどエッセー・津田公子>支えてくれたもの

 つだ・きみこさん 川柳作家。石巻市出身。日本大卒。元中学教諭(主に仙台市、石巻管内)。川柳宮城野社同人、県川柳連盟理事も務める。県芸術祭川柳部門文芸賞(県知事賞)を受賞。河北新報創刊100周年記念河北文学賞川柳部門佳作。句集に「風の中」。東松島市在住。

 コロナ禍による自粛要請が出された昨年、とりわけ2月末から5月のゴールデンウイーク前後までの政府からの休校要請で、不意に訪れた子どもの在宅期間に、ペットを飼う家が増えたと聞く。あれから1年半余、ペットたちはすっかり家になじみ、家族の一員として元気に過ごしていることだろう。時に心配させつつ、かわいがられて。
 仙台に住む長女からメールが届いた。「きょうのコムは食欲があり、元気」。コムとは猫の名である。ここ数日元気がないということだったので、ひと安心だ。
 私ども夫婦はおのおのの退職の少し前に、仙台から東松島市大曲浜に居を移した。ここは夫の父祖の地である。当時は夫の両親も健在であったが数年後、父、そして母も他界した。母の亡くなった1カ月後に東日本大震災に襲われた。
 突然の激しい揺れに、飼っていた2匹の猫はさっと2階に駆け上がって行った。室内飼いの大型犬は、揺れと、家具や家財がぶつかり合い壊れる音に恐怖を抱き、鳴き声を上げ右往左往していた。長い揺れが収まった後に、庭に居た夫が「津波がくるぞ。逃げよう」と叫んで来る。手回り品をザックに詰め、2階の猫たちはクローゼットに閉じ込めた。犬を連れて市内の高台に車で避難した。暗くなり始め、雪もちらついてきた。車中のラジオは沿岸部の津波の襲来を緊迫した声で伝えていた。
 一夜が明けた。居住地は水没したと聞かされた。避難所が開設されたが、犬が居るため、食事の時以外は車内で過ごした。9日後に水が引いたわが家の地区に向かった。家は流失を免れていたが全壊。泥をこいで2階へ行くと、2匹の猫は生きていた。体に泥と油の臭いが染みていた。
 それから2人と3匹で居を求めて数回の転居を重ねた。その間たくさんの方々から支援や、励ましを頂いた。頑張らねばと思う力がその都度湧いてくる。3匹は私どもに付き従い、どんな環境にも順応していた。苦境の私どもと、3匹は支え合っていたのだった。
 被災後、3年居た仙台から現在の地に転居の際、長女一家の強い願いで置いてきたのが先ほどのコム。この秋で22歳を迎える。
∧どん底にぬくい風あり支えあり∨
(川柳作家)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。

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