<まちかどエッセー・津田公子>くろやぎさんたら

 つだ・きみこさん 川柳作家。石巻市出身。日本大卒。元中学教諭(主に仙台市、石巻管内)。川柳宮城野社同人、県川柳連盟理事も務める。県芸術祭川柳部門文芸賞(県知事賞)を受賞。河北新報創刊100周年記念河北文学賞川柳部門佳作。句集に「風の中」。東松島市在住。

 10月から普通扱いとする郵便物、ゆうメールは土曜日配達を休止するという。私の土曜日の楽しみが一つ減る。
 知人で40代のITコンサルタントMさんからこんな手紙が届いた。「手書きでお返事をと思っていたのですが、積算しても一年に数分しかペンを持たないためか、ハードルが高くなかなか筆が進みません。このままでは、一生お返事ができないと思いまして、パソコンから失礼いたします」。Mさんらしい誠実さと、そのユーモアに笑ってしまった。私は手書きでしか手紙を出せないのだ。手紙のジェネレーションギャップ。
 「小学六年生」という当時私が購読していた月刊誌に、文通の相手の紹介欄があった。昭和29年ごろのことである。ここで知り合ったFさんとは今でも文通が続いている。Fさんは東京都文京区に住む小学6年生の女子。文京区は私の出生の地で、それがFさんを文通の相手とした理由であった。当初は週1回のやりとり。中学、高校と進むうちに月1回くらいに。社会人になってからは年賀状、転居の知らせ程度になった。東日本大震災時にはいち早く見舞いの手紙があり、交流は再び頻繁になった。
 かつての教え子の15歳の少女たちも、今や60代になり手紙がくる。子育て論や、夫婦論になるとは思いも寄らない展開である。
 手紙はキャッチボール。返信がないのは寂しい。こちらのタイミングで出したのだから、先方にはおのおのの事情があるとは十分に理解はしているが。
 まど・みちおさんの詩「やぎさんゆうびん」では、「しろやぎさんからおてがみついた くろやぎさんたらよまずにたべた」。でも、くろやぎさんは、返事を出している。「さっきのてがみの ごようじなあに」と。この後、しろやぎさんも、このくろやぎさんの手紙を食べて、同じ繰り返しになる面白さ。
 頂いた封書やはがきを見ると、その字で誰からのものかすぐに見当がつく。便箋や切手の配慮にも心が動かされる。亡くなった人を思い出すと、手紙から文字や声まで懐かしく立ち上がってくる。きょうは送り盆。
∧渾身の手紙に返事まだこない∨
(川柳作家)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。

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