「山形に大仏があった歴史伝えたい」 幕末に再建の頭部、修復へ

平泉寺、修復費用の寄付募る

山形市の広報紙の2016年2月号に掲載された修復前の仏頭(市提供)

 1000年以上の歴史がある天台宗の古刹(こさつ)、平泉寺(山形市平清水)が、保有する仏頭の修復費用を募っている。幕末に造られ、経年劣化などで傾きや破損が目立っていた。江戸初期に建立され、その後に焼失した「千歳山大仏」の流れをくむ。住職の難波良淳(りょうじゅん)さん(63)は「大仏の歴史を次代につなぎたい」と協力を呼び掛ける。

平泉寺の大日堂で傷みが激しい仏頭の修復に取り組む職人

 仏頭は高さ約1・8メートル、推定120キロの木製で、手彫りされた部材を組み合わせている。傷みが進み、2011年の東日本大震災などで大きく傾いて、倒壊する危険があった。

 修復は今年8月に始まった。東北古典彫刻修復研究所(上山市)の職人が仏頭を納めている大日堂で、頭内部の空洞に木枠や柱を入れて応急的な修繕を施している。今月末に完了する見込みで、修復費約250万円の半分ほどを寄付で賄う。

 難波住職は「解体してきれいに修理するのが一番だが、時間も予算もかかる。まずは応急処置したい」と話す。

 仏頭の祖である千歳山大仏は、350年ほど前の寛文年間に市東部の千歳山山麓に建立された。高さ約9メートルの大きさと伝えられるが、1833(天保3)年に火災で大仏殿とともに焼失。当時の平泉寺の住職が宗派を超えて各寺院などから浄財を募り、13年後に再建に挑んだものの、飢饉(ききん)などにより大仏は頭部ができただけで頓挫した。仏頭は解体保存されたが、1936(昭和11)年に組み直し、大日堂に納められた。

 「仏頭には再建を願い寄進した当時の人々の思いが込められている。山形に大仏があった歴史を広く伝えるためにも、次代へ残したい」と難波住職。寄付の協力者の氏名を記した芳名帳を仏頭に納めるという。将来は「本格的に修復を施し、境内に仏塔を建立して納めたい」と思いをはせた。

 平日午前9時~午後5時に境内での修復作業を公開し、参拝の際に寄付を募っている。連絡先は平泉寺080(6030)7628。

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