トラック荷台から演説、チアガール動員… 70年でずいぶん変わった選挙運動

 選挙制度を定める公選法は終戦から間もない1950年に施行された。河北新報社に残る過去の衆院選の写真を元に、選挙運動の変遷や街並みの移り変わりをたどる。(編集局コンテンツセンター・藤沢和久)

公選法施行から71年

 選挙でおなじみの街頭演説は施行翌年の51年の公選法改正で規定された。当初は午前6時~午後10時の時間制限のみだった。52年にのぼりの掲出などが定められるとともに時間も午後9時までに延びた。69年に午前7時~午後8時、83年に現在の午前8時~午後8時となった。

写真①=1952年9月7日、仙台駅前

 公選法施行後初の衆院選は「抜き打ち解散」に伴う52年。写真①には仙台駅前で日没後にバス停で演説する候補者が収まる。懐かしいボンネット型バスの行き先には「根白石」とある。

写真②=1953年4月4日、撮影場所不明

 選挙カーは60年代前半までトラックの荷台にやぐらや小屋を組んでいた。写真②は「バカヤロー解散」による53年衆院選。荷台に立っている2人のうち左の男性が候補者で、右の女性はスタッフとみられる。

写真③=1967年1月11日、宮城県気仙沼市
写真④=1980年6月2日、仙台市内

 60年代後半~70年代にトラックは姿を消し、「黒い霧解散」に伴う67年衆院選の写真③のようなワゴン車に変わった。70年代後半からはワンボックス車が主流になる。写真④は「ハプニング解散」による80年衆院選。

写真⑤=1967年1月28日、仙台市青葉区中央1丁目

 人通りが多い仙台駅周辺が街頭演説の会場として好まれるのは変わらない。写真⑤にも青葉通を走るボンネット型バスが写り込む。

写真⑥=1979年9月、仙台市青葉区中央1丁目

「増税解散」で行われた79年衆院選の写真⑥。77年に完成したばかりの現駅舎が真新しい。当時はペデストリアンデッキが一部しかなく、駅正面で演説する候補者もいた。ちなみにペデストリアンデッキの完成は81年。

写真⑦=1986年6月、仙台市青葉区一番町3丁目

 80年代に入ると、東二番丁通と中央通が交差する旧佐々重ビル(現一番町平和ビル)前、駅前通のアエル前でマイクを握る候補者が増える。写真⑦の86年衆院選は「死んだふり解散」で行われた。

写真⑧=1986年6月、仙台市内
写真⑨=1990年2月、仙台市青葉区の中央通

 バブル景気の80年代後半は選挙運動も派手なパフォーマンスが目立った。写真⑧はチアガールを動員した街頭演説で気勢を上げる新人陣営、写真⑨は「消費税解散」の90年衆院選で、着ぐるみ姿で商店街を練り歩くベテラン候補。

写真⑩=1993年7月10日、仙台市青葉区の勾当台公園
写真⑪=1996年10月13日、仙台市泉区泉中央2丁目

 90年代以降は若者の政治離れが深刻化した。写真⑩は中選挙区制最後の93年衆院選で、選挙期間中にロックバンドを登場させた新人候補の集会。小選挙区比例代表並立制が導入された96年衆院選の写真⑪では、支持者が流行の若者言葉のプラカードを掲げた。

写真⑫=2000年6月13日、仙台市内

 2000年に入ると、景気低迷を反映してか派手な運動は鳴りを潜める。21世紀最初の00年衆院選は「神の国解散」を受けて行われた。写真⑫はハート形の風船を手に支持を呼び掛ける候補者。

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