開く票差、押し黙る支援者 連載・「小沢王国」の陰り

 10月31日投開票の衆院選岩手3区で、連続17回当選を誇る立憲民主党の小沢一郎が初めて選挙区で敗れた。比例代表東北ブロックで復活当選したものの、岩手に築かれた「小沢王国」の陰りは否めない。自民党の藤原崇が挙げた金星は、岩手県政界にも大きな影響を与えそうだ。(敬称略)

(上)79歳と38歳の対決

声をからし、厳しい表情で支持を訴える小沢氏=10月30日午後4時50分ごろ、奥州市水沢

 31日午後10時51分。藤原の当選確実が伝わると、奥州市水沢のホテルに集まった小沢の支援者が押し黙った。「信じられない」。後援会連合会長の千葉龍二郎(78)は顔色を失った。最終的な票差は9000以上に開いた。

 厳しい選挙になることは小沢も分かっていた。過去3度対決して全て比例復活した藤原は38歳。若さを売りに運動量を増やしていた。「伸びしろがある」と警戒し、公示日の19日には異例の地元での第一声を行い、支持固めに動いた。

 北上市での第一声で「バイデン米大統領と私は全く同い年だ」と健在ぶりをアピールした。最終盤3日間も地元入りし、107カ所を巡る「どぶ板選挙」を展開した。

 小沢は79歳。水沢での最終の街頭演説では時折、声を詰まらせた。「政権交代より世代交代」と唱える藤原陣営の勢いを止められなかった。

高齢化する後援会

 「うちの選挙は後援会組織が頼み」と選対幹事長の県議佐々木順一は言う。初当選から50年以上。選挙区に100超の組織を張り巡らせても、メンバーの高齢化で動きは鈍かった。

 小沢派運動員が公示前の掲示板に選挙ポスターを張り、警告を受ける事案も発生した。「前代未聞。人手が足りないのだろう」と捜査関係者はあきれた。

 長年支えた選挙参謀が昨年死去した影響も指摘された。ある県議は「有形無形の影響力があり、独自のネットワークを持つ人だった。小沢さんはそこを補うため、地元入りしているのではないか」と語った。

 2012年の民主党分裂から野党暮らしが続く。メディアの露出は減り、中央政界での影響力もかつてとは比較にならない。「そもそも若者は小沢を知らない」。陣営関係者は嘆いた。

震災後の対応響く

 「小沢さんには東日本大震災後も含め一度も会ったことがない。『大丈夫か』と電話をもらったこともない」。選挙序盤の21日、宮城県知事の村井嘉浩が奥州市でマイクを握った。公明党の比例候補の応援のためだった。

 小沢が沿岸被災地に入ったのは震災10カ月後。当時の対応に不満がくすぶる。藤原を支持する奥州市の50代男性は「小沢さんは震災後、どうして熱心に地元に足を運んでくれなかったのか。今でも話題になる」と指摘する。

 河北新報社が28~30日に一関、北上、奥州各市で実施した期日前投票の出口調査(311人)では、20~50代は藤原に入れた割合が圧倒的に高く、60代以上でもほぼ互角。高齢者からは「ずっと小沢に投票してきたが初めて藤原にした」といった声も聞かれた。

 選挙戦最終日、開票日の予定を報道陣に問われると、小沢はこう言い残して東京に戻った。「君らが一生懸命追い掛けてくれる事態になればいいがのお」。選挙巧者で鋭い票読みで知られる小沢。まるで敗北を悟っているかのような口ぶりだった。

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