30年続いた「青空法話」 寂聴さん、岩手と深い縁 尽力に感謝の声

最後となった天台寺の青空法話で参拝客に語り掛ける寂聴さん=2017年5月5日、二戸市浄法寺町

 9日に死去した瀬戸内寂聴さんは、二戸市浄法寺町の古刹(こさつ)天台寺の住職を1987年から18年間務めるなど岩手県との縁が深かった。関係者は11日、死を悼みつつ感謝の言葉を寄せた。

 寂聴さんは、荒廃した天台寺を復興させた功績者。2017年まで約30年間続いた「青空法話」は毎年数千人のファンが詰め掛けた。菅野宏紹(こうしょう)住職は「天台寺が全国的に有名になったのは、寂聴さんの多大な尽力のおかげだ」と感謝した。

 境内を明るくしようと、寂聴さんが京都から持ち寄って植え始めたアジサイは約3000株に増えた。同寺責任役員の千葉康行さん(77)は「今は地元の小学生が植え替えする。地域とのつながりも残してくれた」と語った。

 寂聴さんが住職を退くと、市民有志はボランティアガイドの会を結成。天台寺と寂聴さんの業績を紹介する記念館を案内している。会長の関カヨさん(77)は「100歳を超えても活躍してくださると思っていた。誰にでも笑顔で優しかった姿を語り継ぐ」と惜しんだ。

 寂聴さんが得度した中尊寺(平泉町)の奥山元照貫首は「東日本大震災では物心両面にわたり復興にご尽力いただき、被災地の人々に多大なる力添えを賜った」と冥福を祈った。

 藤原淳・二戸市長は「天台寺のアジサイは地域の宝として大切に受け継がれている。これまでの功績に深甚なる感謝を申し上げる」、達増拓也知事は「本県の文化振興に貢献された。偉大なご功績とお人柄をしのび、ご縁とご恩に感謝する」との談話を出した。

 寂聴さんの足跡は岩手にとどまらない。仙台文学館(仙台市青葉区)では08年、作家生活50周年などを記念する特別展があった。会期中にあったミニ説法には約900人が詰め掛け、同館の単発イベントでは最多の動員数となった。

 特別展を担当した学芸員の庄司潤子さん(48)はミニ説法後の講演会に立ち会った。寂聴さんが大きな拍手で迎えられていたのを思い出す。「にこやかで元気な印象があっただけに残念。人々の心の中にずっと寂聴さんは生き続けると思う」と語った。

被災地へ心寄せ励ます

 「東北は自分にとって縁の深い場所。この10年、被災地の皆さんは本当によく頑張ったわね」。瀬戸内寂聴さんは東日本大震災の被災地に心を寄せ続けた。

 震災10年の連載企画「語る」の一環で今春、電話取材に快く応じてくれた。震災から3カ月後に岩手県沿岸部を訪れた時のことを振り返り、「津波は家族をさらい、生活を根こそぎ奪う。恐ろしい」と何度も語った。

 「あなた、一寸先は分からないの。日常をありがたいと思って、生活しないといけないのよ」と、記者を諭すように穏やかに話した。「せっかく今日1日生かされているんだから、おいしいものを食べて、好きなコーヒーでも飲んで、一生懸命仕事や勉強、スポーツして、精いっぱい生きることが一番」。はつらつとした語り口に、励まされる思いがした。

 口調が一変したのは、東京電力福島第1原発事故に話が及んだ時だ。「福島の人たちは故郷を奪われた。原発は絶対あってはならない」と、厳しい調子で脱原発を訴えた。「政治家は一体何を考えているのか」と非難し、「選挙権を行使し、みんなでいい政治家を選ばないといけない」と語気強く呼び掛けた。

 人の幸せのために尽くす「忘己利他(もうこりた)」の心が一番尊いと説く。「被災地のこと、福島のことを考える若者が、1人でも2人でも増えたら心強いわね」。どこか祈るような声の響きが印象的だった。

 直接会うことはかなわず電話越しではあったが、約1時間のありがたい説法を聞いたと思っている。
(生活文化部・越中谷郁子)

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