遠藤周作さん没後25年 東北との関わり深く キリシタン殉教の地、何度も訪問

広瀬川に架かる大橋のたもとに立つ仙台キリシタン殉教碑。1624年に拷問死したポルトガル人宣教師や武士らを顕彰する=仙台市青葉区桜ケ岡公園

 キリスト教禁令下、長崎に潜入した外国人宣教師の苦悩を描いた「沈黙」(1966年)などが世界に衝撃を与え、ノーベル文学賞候補と目された作家遠藤周作さん(23~96年)が世を去って25年となった。遠藤さんは、慶長遣欧使節の支倉常長をモデルにした「侍」(80年、野間文芸賞)を執筆。東北の殉教地を巡る随想も残し、文学ファンに読み継がれている。

 江戸幕府は1614年、全国に禁教令を発出。仙台藩は比較的寛容で6年後まで信仰が許されたため、西日本からあまたの信徒や神父が領内に逃れてきた。

 東北最多の殉教者を出した岩手県一関市藤沢町大籠から登米市東和町米川の一帯を1970年代に度々訪れた遠藤さんは、エッセー集「切支丹(きりしたん)時代」(92年)で「仙台地方は日本切支丹が終焉(しゅうえん)した最後の場所」と言及。領内のキリシタンに着眼し「『見分村』(奥州市水沢)という題でひとつの小説を書きたい―」と明かしている。

 仙台市を訪れるといつも、広瀬川の大橋のたもとに立つ仙台キリシタン殉教碑の前にたたずんだという。

 長崎市遠藤周作文学館は没後25年に合わせ、母性的なキリスト教を生涯のテーマとした創作活動に迫る企画展「遠藤周作 母をめぐる旅―『沈黙』から『侍』へ」を2023年3月24日まで開催している。

えんどう・しゅうさく 1923年、東京生まれ。慶応大卒。3歳の時に父親の転勤で旧満州の大連に渡る。両親の離婚で33年に母親と帰国。35年、伯母と母親の影響により、兵庫県のカトリック夙川(しゅくがわ)教会で受洗。狐狸庵(こりあん)山人の雅号で軽妙なエッセーも執筆した。95年に文化勲章受章。96年、肺炎による呼吸不全で他界した。

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