雄平コーチ、「原点」仙台で再出発 若手と共に成長目指す

秋季練習初日に小郷(右)へアドバイスする雄平2軍打撃コーチ=13日、楽天生命パーク宮城
雄平2軍打撃コーチ(楽天野球団提供)

 今季ヤクルトで19年の現役生活に別れを告げた雄平外野手(37)=本名高井雄平=が、東北楽天の2軍打撃コーチとして指導者人生を歩み始めた。宮城・東北高出身で、仙台は野球人の礎を築いた「原点の場所」。「選手が毎日、一生懸命頑張っている。強い気持ちに僕も応えたい」と決意を新たにしている。

 「高校時代はこの時期、冬のきつい練習の日々だった。この寒さも、この空気感もすごく懐かしい」。仙台市の楽天生命パーク宮城と泉練習場で27日まで行われた秋季練習では、朝から晩まで若手選手のプレーに目を配った。

 山あり谷ありの選手生活だった。東北高では1年から速球派左腕として鳴らし、打撃でも通算36本塁打と非凡な才能を発揮した。2003年にドラフト1巡目で入団。米大リーグに渡った石井一久投手(現東北楽天監督)の背番号16を与えられるほど、期待は大きかった。通算18勝を挙げたものの制球難に苦しんで伸び悩み、09年シーズン終了後に野手転向した。

 10、11年は1軍出場がなく、レギュラーをつかみかけた13年に右膝前十字靱帯(じんたい)断裂の大けがを負う。それでも不屈の精神ではい上がり、翌年からは主力として活躍し、15年にはセ・リーグ優勝を決めるサヨナラ打を放った。引退試合となった1日の広島戦で左前打を放ち、惜しまれながらバットを置いた。

 「気持ちよく、すっきりとは終わっていない。もっとできたんじゃないか、もう1年、もう2年やりたかったという気持ちは今もある」と率直な心境を明かす。そして努力家らしく言葉を続ける。「野手に転向するときも『悔しさをぶつけるんだ』という気持ちだった。今度は悔しさをコーチでぶつけ、一流になれるように選手と成長したい」

 コーチ就任後、高校時代の友人からたくさんの祝意が寄せられた。同学年で宮城・名取北高の主戦だった東北楽天の岸もその一人。引退試合には花束が届けられた。「純粋に、同級生として特別な思いで(岸を)応援したい」と優しい笑みを浮かべる。

 指導者として心に刻むのは、今年7月に亡くなった元東北高監督の若生正広さんの教えだ。「とても厳しい監督さんだった。あいさつや掃除など、人としての基礎を本当に重要視していた」。高校を出たばかりの選手も多いファームで人間性の大切さを伝えていく。

 練習では質を求める。「数をこなすのも大事だけど、いろいろな気付きを毎日一つでもいいから持ってほしい」と話す。

 選手と本心を話し合える関係性を築き、長所を伸ばす指導を心掛けて、原点の地でひたむきに原石を磨く。
(斎藤雄一)

[たかい・ゆうへい]神奈川県出身。宮城・東北高出。2003年にドラフト1巡目で投手としてヤクルト入団。10年に外野手登録となり、14年にはベストナインに選ばれた。今季限りで現役引退。通算投手成績は144試合登板、18勝19敗1セーブ、17ホールド、防御率4・96。通算打撃成績は969試合で打率2割9分1厘、66本塁打、386打点、41盗塁。37歳。

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