さようなら「星野仙一記念館」 故郷の倉敷で今月末閉館

記念館の前にある星野さんの銅像。白壁の建物が並ぶ美観地区に位置する

 プロ野球東北楽天を2013年に日本一に導き、18年に70歳で亡くなった星野仙一元監督の故郷・岡山県倉敷市でゆかりの品を展示する「星野仙一記念館」が、30日を最後に閉館する。「闘将」と呼ばれた星野さんが生前「野球人生が詰まっている」と紹介した。熱い情熱や優しい人柄を感じられる空間だったと、惜しむ人々が連日訪れている。(写真映像部・藤井かをり)

 館内には中日のエースとして受賞した沢村賞の記念メダルや中日、阪神、東北楽天3球団監督時代のユニホーム、ウイニングボール、色紙、写真などが並ぶ。しわが目立つほど使い込んだグラブは野球人生の始まりを物語る。小学4年の時、母親に初めて買ってもらった宝物だ。収蔵品は約1000点に及ぶ。

 野球の喜びや夢を持つことの大切さを本人が訴える映像も上演されている。

小学4年生の時、母の敏子さんから手渡された千円札を握り締め、気持ちを弾ませながら近所の店で買い求めたグラブ。星野さんは生まれる前に父親を亡くし、一家の暮らしを支えた母の月給は7000円ほどだったという

 記念館は08年、星野さんの友人の延原敏朗館長(80)が開設した。延原さんは約35年前、岡山に帰った星野さんの世話をしたことを機に意気投合し、兄弟のような信頼関係を築いた。

 03年、星野さんが阪神監督としてリーグ優勝した時のユニホームを贈られ、「貴重な品をたんすの肥やしにするのはもったいない」と記念館開設を決めた。星野さんの実家倉庫に通うなど「死に物狂いで収蔵品を集めた」と振り返る。

東北楽天の監督として星野さんが着ていたユニホームを見つめる延原敏朗館長。「寄贈された当時、日本一達成後のビールかけの匂いがまだ残っていた」

 記念館にはこれまで30万人近くが訪れた。新型コロナウイルスの影響による売り上げ減に加え、延原さん自身も高齢となり「健康で運営も健全なうちに幕を下ろすことが、星野さんの名誉を守ることにつながる」と閉館を決めた。収蔵品は倉敷市に寄贈し、市が活用法を検討する。

 10月中旬に閉館を公表すると来館者が急増し、土日には500人に上った。東北楽天の銀次選手や中日の与田剛前監督も訪れた。

 星野さんの母校・倉敷商高の四つ後輩で野球部監督を務めた長谷川登さん(70)は「星野さんは別れ際にいつも『何かあったら言ってこいよ』と声を掛けてくれる優しい人だった。人柄に触れられた記念館の閉館は本当に残念」と話す。

閉館を惜しむ大勢の来館者でにぎわう館内。「星野さんが2017年に野球殿堂入りを果たして記念館が完成した」と延原館長=23日、倉敷市
東北楽天ファン歴10年という加藤孝久さん(55)、直子さん(46)さん夫妻は、閉館を知り、楽天グッズを身に着けて兵庫県姫路市から駆け付けた。「熱くて優しい星野さんが大好き」と声をそろえる
「星野仙一記念館」11月末で閉館
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