知られざる「胚培養士」の仕事に密着 不妊治療、4月から保険適用本格化

 4月から保険適用が本格化する不妊治療で、重要な役割を果たすのが「胚培養士」「エンブリオロジスト」です。胚(受精卵)の培養や保存を担う専門職で、全国約600の医療機関に3000人ほどいます。あまり知られていない職業ですが、妊娠率などは胚培養士の力量で変わるとも言われます。治療の最前線を取材しました。(編集局コンテンツセンター・佐藤理史)

顕微授精の様子。ピエゾ法と呼ばれる方法で、先が平らな針を使用し、微細な振動で卵子に穴を開ける。鋭い針で突き刺す従来の方法より卵子へのストレスが少なく、受精率が上がるという(京野アートクリニック仙台提供)

 「関心はかなり高まっている。35歳以下の若い夫婦を中心に、費用負担が軽減されることに大きな期待感があるようだ」

 東北最大級の不妊治療専門病院「京野アートクリニック仙台」(仙台市青葉区、五十嵐秀樹院長)。体外受精をはじめとする生殖補助医療(ART)のオンラインセミナーを定期的に開催する。昨年12月、正式に保険適用の拡大が決まると参加者は以前の4、5倍に当たる200~300人に増えた。

 生殖補助医療で生まれた子どもは2019年に6万人を突破し、この年に生まれた子の14人に1人の割合となった。このうちの約9割を占め、近年主流になっている治療法が凍結胚移植だ。同クリニックは昨年、1467回行い、701例で妊娠(胎のう確認)に至った。妊娠率48%は全国平均の34%を大きく上回る。

胚や精子、卵子は液体窒素(マイナス196度)で満たされた専用容器で保存する。一つの容器に240人分を保存できる=2022年3月2日、仙台市青葉区の京野アートクリニック仙台

 高い実績を陰で支えるのが胚培養士20人を擁する培養部だ。野村総合研究所の「不妊治療の実態に関する調査研究」によると、1医療機関に常勤する胚培養士は平均3・8人。同クリニックがいかに大所帯かがうかがえる。

 培養部主任の服部裕充さん(37)にクリーンルームの培養室を案内してもらった。最新の顕微鏡、精子・卵子を凍結保存するタンク20基などが並ぶ。病院というより研究室の雰囲気だ。

 自慢の一つは2017年に導入したタイムラプス培養器。3台で患者45人分の胚を培養し、10分ごとに撮影記録する。導入前は1日1回、培養士が顕微鏡で観察していたが、胚の成長を細かく追えるようになった。人工知能(AI)による判定も参考に、移植する胚を提案する。保険適用が見送られ、全額自己負担の「先進医療」となるが「今や欠かせない機器」だという。

10分ごとに胚の画像を撮影するタイムラプス培養器。培養器から取り出して観察する従来の方法より胚に負担が少なく、詳細に経過を追うことができる

 胚培養士の目利きが問われるのは精子の選別だ。服部さんは、活発に泳ぐ精子をモニターに映し「顕微授精では形が良く、運動性が良いものを一つだけ選び取る。教科書的な知識に加え、経験に基づく知識が必要になる」と説明する。

 顕微授精は長さ0・06ミリの精子を直径0・1ミリの卵子に極細のガラス管で注入する。意外にも「手先の器用さは関係ない。3年間、我慢強く訓練すればできるようになる」と断言する。

顕微鏡をのぞき、頭部の形がいびつでなく、元気に泳ぐ精子を選び取る。「頭に空胞(穴)があったり、尾が2本あったり、本当にいろんなタイプがいる」と服部さん

 顕微授精が世界で初めて行われたのは1992年。「まだ30年ほどの技術なので、どんどん新たな技術が出てくるし、論文の勉強も要る。探究心や向上心が何よりも大事」と強調する。

 新たな生命の誕生に携わるだけに、やりがいとプレッシャーは大きい。「患者によっては一つしか採卵できないことがあり、その一つをいかに受精させ、成長させるかが問われる。出産報告の手紙を読むのがうれしい瞬間」と笑顔を見せる。

二つの学会が認定 国家資格の制度化急務

 生殖補助医療(ART)が普及するにつれ、胚培養士のニーズは高まっている。病院が多い首都圏では不足感が出ている。経験豊富な培養士は年収1000万円を超える好待遇で迎えられる。

 胚培養士を目指すのは大学で医療技術か農学・生物学を学んだ人が多い。岡山大など少ないながらも専門の養成機関もある。近年は大学院修了の志望者が増え、認知度が上がっている。

 他方、医師や看護師のような国家資格ではないため、立場が曖昧という長年の課題が積み残されている。

 二つの学会が認定した資格が併存している。日本臨床エンブリオロジスト学会は実務家の技術向上を目指し、2001年に「認定臨床エンブリオロジスト」の制度を設けた。生殖に関わる基礎研究者や医師を含む一般社団法人日本卵子学会は02年、「生殖補助医療胚培養士」の認定を始めた。

 保険適用される施設基準に両資格者は必須とされていない。「関係学会による配偶子・胚の管理に係る研修を受講した者が1名以上配置されていることが望ましい」とうたわれるにとどまる。

 全国で32人しかいない上級資格の「管理胚培養士」を持つ服部さんは「国家資格を持たない人が胚を扱うことに不安を感じる患者はいるだろう」と推し量る。胚培養士が1、2人だけで教育指導体制が整っていない施設もあり、一定水準の知識・技能を担保できない懸念があるという。

 治療の中核を担いながら地位が確立されていない現状に、服部さんは悔しさをにじませる。「保険適用のタイミングで、国家資格になることを期待していたので残念だ。両学会が歩み寄り、少なくとも資格を統一しなければいけない」と指摘する。

[不妊治療の保険適用]
 採取した精子をカテーテルで子宮内に注入する「人工授精」、採取した卵子の周囲に精子をふりかける「体外受精」、顕微鏡で見ながら精子を卵子に針で注入する「顕微授精」に保険が適用される。採卵や胚の培養、凍結保存も対象となる。

 体外受精や顕微授精は女性が治療開始時に40歳未満であれば、子ども1人につき6回まで、40歳以上43歳未満は3回までが条件。

 これまでは助成制度があったものの、保険外の「自由診療」で医療機関ごとに費用が異なっていた。体外受精は一連の治療1回で平均50万円かかっていた。

 高額医療制度を使えるようになるため、中間的な所得の人で自己負担は月8万円程度に抑えられる。ただし保険適用対象外の治療や検査を受けると、全ての費用が自己負担になる。タイムラプスなど例外的に混合診療が認められる先進医療も一部ある。

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