「分からない」で遠ざけてはいけない 福島第1原発の処理水放出(10)
コンクリートの建物や重機が並ぶ通りを、記者を乗せたバスが進んでいく。線量計を胸ポケットに入れて道路に降り立つと、桜並木が広がっていた。
福島県双葉町と大熊町にまたがる東京電力福島第1原発(通称1F=イチエフ)構内。「春には380本の桜が咲きます。事故前は近所の住民を呼んで花見をしていたそうですよ」
同行した東電の担当者の言葉から思い浮かべた穏やかな光景は、目の前にある現実からは程遠かった。
100メートルほど先に赤茶の骨組みが見えた。1号機。11年前、東日本大震災の津波で原子炉の冷却機能を失い、水素爆発を起こして屋根が吹き飛んだ。隣の建物は窓ガラスが爆風で割れたままだ。
視察前日、勤務地の盛岡を出発する時から緊張していた。記者は震災時、山形市内の中学3年。停電が続く中、新聞で1号機から白煙が上がる写真を見た時の驚きを覚えている。ニュースは初めて見る原子力の用語であふれ、分からないことばかり。恐怖心が募った。
進学した高校に、福島市から家族で自主避難してきた友人がいた。同じ部活で長い時間を一緒に過ごしたが、原発事故のことに触れることはできなかった。
一度だけ、福島に戻りたいと思うかと尋ねたことがある。友人は少し考え、「山形もいいところだから、こっちで暮らしたいな」と応じてくれた。ほっとしながらも、気を使わせてしまったかもと後悔した。
岩手県にも福島からの避難者がいる。盛岡市の災害公営住宅で暮らす日向久美子さん(73)は、双葉町から身一つで越してきた。「人が温かい町だった」。単身赴任の原発関係者に、地元農家が米や魚を配る光景をよく目にしたという。
会いに行く知人らも既におらず、日向さんは事故直後の5月に一時帰宅して以来、町を訪れていない。「富岡の夜ノ森の桜はいつかもう一度見に行きたい」と、春に流れる開花のニュースを心待ちにする。
視察では、さらに原子炉建屋に近づき、高台から1~4号機を見下ろして廃炉作業の説明を受けた。建屋のすぐそばには、白い防護服に全面マスクを着けた作業員の姿。1号機の骨組みには汚染されたがれきが積み重なる。ちりが舞わないように飛散防止剤を吹き付けているという。
爆発を免れ建屋が残る2号機、上部にかまぼこ型のカバーが付いた3号機、作業用の新たな建屋を横に据えた4号機。破損の程度や構造の違いによって異なる廃炉の手順を、一つ一つ人の手で進めていく。
3月16日深夜に最大震度6強を観測した地震では、使用済み核燃料プールの冷却が一時停止したり、放射性廃棄物質入りのコンテナが崩れたりするなどの被害が出た。原発のトラブルのニュースを聞くたびに、緊張してしまう自分がいる。
言葉にすることをためらっていた高校時代から、10年がたつ。東北に住む記者として、原発事故を「分からないもの」として遠ざけてはいけない。現場を見て、話を聞き、強くそう思う。
福島出身の友人とは、久々に会う約束をした。「原発のことも聞きたい」と言ってくれた。視察で感じたことを、あの頃の思い出とともに語ろうと決めている。(盛岡総局・石沢成美)
国際評価尺度(INES)で史上最悪の「レベル7」とされた福島第1原発の事故から丸11年が過ぎた。震災との「複合災害」は、東北の復興に今も影を落とす。事故をどう伝え、向き合えばよいのか。2月下旬、岩手、宮城、福島の被災3県の若手記者が廃炉の現場を歩いて考えた。
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