4年かけ復旧したのに… 仙台城跡の石垣、なぜまた崩れた?

広範囲が崩落した本丸北西の石垣=3月31日、仙台市青葉区の仙台城跡

 宮城、福島両県で震度6強を観測した3月16日の地震は、仙台市の観光名所・仙台城跡(青葉区)の石垣に深刻な傷痕を残した。仙台市教委は東日本大震災で崩落した石垣を4年かけて復旧させたものの、7年で再び崩れた。なぜ被害を防げなかったのか。(報道部・布施谷吉一)

現代的工法だった

 3月の地震では、石垣の2カ所で計28メートルの崩落、5カ所で計205メートルの変形被害が確認された。石垣の修復などに30年以上携わってきた市教委文化財課の長島栄一主査が、悔しさをにじませる。

 「被害は軽微に見えるかもしれないが、(変形した範囲が広く)震災に近い規模の工事が必要だろう」

 市教委は震災後、崩落、変形した石垣を中心に計約1200平方メートルで復旧工事を進め、6700個を超える石材を積み直した。市道仙台城跡線に近接する本丸北西石垣は耐震性を確保するため、樹脂製のネットを使う現代的な工法も特別に取り入れた。

 今回の地震は、その工事箇所を直撃した。

 北西石垣の内側を補強するために敷き詰められた直径10センチ程度の河原石(栗石)が地震でずれるのを防ぐネットは崩落こそ防いだが、石垣は変形してせり出した。

 現地を見た専門家は「ネットの編み目が細かかったため、栗石の摩擦力を高める機能を最大限に発揮できなかったのではないか」と解説した。

地盤改良の必要性浮上

 地盤改良という新たな課題も浮上した。仙台城跡調査・整備委員会の委員、文化庁の担当者は、現地を視察して石垣を支える地盤の強度の違いを指摘。切り土、盛り土などの違いで地震の揺れの石垣への伝わり方が異なるため、これを補正する地盤改良の必要性を投げかけた。

 市教委は震災の復旧で、積み直した石が崩落しても判別できるよう、それぞれの石に識別番号を付けてデータ化していた。当初は、震災よりも1年短い3年で復旧できると考えたが、見通しは不透明になってきた。文化財課の担当者は「地盤改良工事を実施すれば、修復期間が延びるかもしれない」と打ち明ける。

 今回の修復費は、震災の約7億4500万円を超えるとの見方もある。7割は国からの財政支援を見込むが、市教委は「人件費の単価が高騰し、修復費用はどこまで膨らむのか」と頭を抱える。

東北芸術工科大・北野博司教授(考古学)の話

 石垣の修復は「歴史の証拠」を傷つけずにどう未来に伝えていくか、構造体としての安全性をどう高めていくか、この二つの価値の両立が課題だ。

 仙台城跡は東日本大震災時、伝統的な工法を生かしながら修復したが、今回の地震に耐えられなかった。2016年の熊本地震で被災した熊本城(熊本市)の石垣修復では、文化財の活用を念頭に「崩れない」安全性が求められた。

 多額の事業費をかける以上は崩落、変形した場所だけではなく、被害がなかった場所も分析した上で、震災時と同じ修復方法でいいのか、検証する必要があるだろう。安全性と史跡の価値を踏まえ、観光周遊ルートの見直しも検討課題となる。

[仙台城跡の石垣] 仙台市教委によると、石垣の崩落は1601年の築城以降、文献などで確認できるだけで20回を数える。東日本大震災では本丸北西と酉門、大手門北側、中門などの石垣7カ所で計80メートルが崩落。計220メートルで石垣がせり出すなどの変形があった。国史跡の指定を受けた2003年以降、修復は原状回復が基本だったが、大震災の修復では本丸北西石垣で耐震のため現代的な工法が取り入れられた。

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