侵攻2カ月、プーチン氏の狙いは? 元ウクライナ大使・天江喜七郎さんに聞く

天江喜七郎氏

 ロシアのウクライナ侵攻から2カ月が過ぎ、激しい軍事行動は長期化の様相を見せる。東部、南部で攻勢を強めるプーチン大統領の狙いは何か。外交官としてソ連崩壊とウクライナのオレンジ革命を目の当たりにした元ウクライナ大使(2002~05年)の天江喜七郎さん(78)=仙台市出身、東京在住=に聞いた。
(東京支社・古賀佑美)

「超大国ソ連」復活が悲願

 侵攻の原因をプーチン氏の性格から読み解きたい。キーワードは「地政学」「KGB(国家保安委員会)」「柔道」だ。

 プーチン氏はかつて「ソ連の崩壊は20世紀最大の地政学的カタストロフィー(破局)だ」と言った。旧ソ連は、東はベーリング海から西はバルト海まで広大な領土を有し、社会主義の司令塔を担った。軍事力、科学技術力で米国をしのぎ、アジアやアフリカにまで大きな影響力を持っていた。プーチン氏はその絶頂期に少年時代を過ごした。

 1989年のベルリンの壁の崩壊時、KGBの要員として東ドイツに駐在していたプーチン氏は、デモ隊に事務所を囲まれる経験をした。ソ連崩壊後はKGBを退職し、白タクの運転手をして日銭を稼いだ。まさに天国から地獄へ落ちる思いだったろう。

 プーチン氏の夢である超大国ソ連の復活はウクライナなしに実現しない。問題はプーチン氏が冷戦志向のままであり、何よりもウクライナはロシアの一部との固定観念があることだ。

 KGBで教え込まれるのは全てを疑ってかかること。陰謀の世界に身を置くと猜疑(さいぎ)心が強くなる。米国の中央情報局(CIA)を敵視し、東欧や旧ソ連の自由化を米国の陰謀とみる。ウクライナへの侵攻でもKGB後継組織の情報を過信した。ウクライナをネオナチ政権と決め付け、偽情報と情報操作を駆使して国内世論を扇動している。

 私がソ連に留学していた約50年前は、テレビもラジオも国営チャンネルだけだった。まさに今、そんな時代に戻っている。ロシア国民は世界の情報から隔絶されている。これは由々しき事態だ。

 プーチン氏は柔道6段の腕前だ。私の隣人の柔道一家がロシアに招かれた時、プーチン氏に柔道をやって良かったことを聞いたら、「相手の隙が分かるようになった」と答えたそうだ。

 侵攻の時期はまさにその隙を狙ったと考えられる。ウクライナのゼレンスキー政権は経済不振で支持率は2割に低迷していた。ふっと吹けばバタンと倒れると思っていたのだろう。

 バイデン米政権は対中政策と米議会の中間選挙でヨーロッパへの関心が薄く、北大西洋条約機構(NATO)では内部の不協和音が目立った。欧州内でもフランスは大統領選目前、ドイツはメルケル長期政権が終わってショルツ連立政権が発足したばかり。プーチン氏から見れば、技をかけるには今がチャンスと考えたはずだ。しかし、大きな誤算があった。ウクライナ人の強い反ロシア感情と愛国心を見落としていた。

改憲と非核、日本は真剣に議論を

 この侵攻は泥沼化する可能性が高い。仮にロシアがウクライナ東南部を占拠し勝利宣言しても、民族意識に燃えるウクライナを長期的に統治できるのか大いに疑問だ。破壊したインフラを直すには膨大な費用がかかる。経済制裁を受けるロシアにはその力が残っているだろうか。ウクライナ人は帰りたくても帰れない。国際社会が膨大な数の避難民をどう支援するのか、とても難しい問題だ。

 ウクライナ危機は日本にとってウエークアップ・コール(目覚まし時計)と捉えるべきだ。フィンランドとスウェーデンは従来の中立主義を変更してNATO加盟にかじを切りつつある。隣国のロシアと中国は権威主義体制で一致し、世界は新冷戦時代に入っている。北朝鮮も核・ミサイルを高度化し好戦的になってきている。日本の抑止力を高め国民の安全を守るためにはどうするべきか。憲法改正や非核三原則の問題を真剣に議論する時期はとうに来ている。

[あまえ・きしちろう]一橋大卒。1967年外務省入省。中近東アフリカ局長、シリア大使などを歴任。現在は日本国連協会評議員、京都日韓親善協会会長を務める。

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