「市民の台所」仙台朝市の魅力に迫る 戦後の「青空市場」発祥、新たに「日曜市」も

新鮮な食材がそろう仙台朝市。裸電球が温かい夕刻に差し掛かる時間帯に訪れる客は晩ご飯の買い出しだろうか=4月下旬、仙台市青葉区中央

 JR仙台駅西口から歩いて5分。林立する商業ビルの谷間で肩を寄せ合うように軒を連ね、どこか懐かしい雰囲気の商店街があります。「仙台市民の台所」として知られる仙台朝市(仙台市青葉区中央)です。70年以上も市民に愛されてきた仙台朝市を歩き、その魅力に迫りました。(編集局コンテンツセンター・竹内明日香)

 「いらっしゃい!」「安くしてますよ」。マスク越しにも耳に響く店員の威勢のよい声。鮮魚店の前を通れば磯の香り、青果店をのぞけば果物の甘い匂いに誘われる。

 仙台朝市には生鮮食料品をはじめ、乾物やパン、揚げ物といった食材を扱う商店や飲食店など約70店舗が立ち並んでいる。平日の日中、目立つのは高齢の常連客の姿だ。

 「週末は県外からのお客さんが多いね。1週間分の食料をまとめ買いする人も来るよ」。仙台朝市商店街振興組合の副理事長を務める佐藤誠さん(48)が店先を行き交う人々に目をやりながら話す。60年近く続く練り物店「佐藤敬商店」の2代目店主でもある。

練り物店の店頭に立つ仙台朝市商店街振興組合副理事長の佐藤さん

 仙台朝市の発祥は戦後に仙台駅前に形成された「青空市場」にさかのぼる。

 地場産の食材を背負って宮城県内外から集まった人々が露店を開いた。1945年7月の空襲で焼け野原となった仙台の街で市民の暮らしを支えた。この頃に商売を始め、今も営業する店舗も何店かあるという。

 いつしか「仙台朝市」と呼ばれるようになったが、多くの商店の営業時間は午前9時ごろから午後5時ごろまで。「いつから、なぜこの名前になったのか分からない」と佐藤さん。「それでも、客が親しみやすいパワーがある呼称だと思う」

 飲食店の経営者が食材の調達で頼りにしている場所でもある。東北最大の歓楽街・国分町の「冷蔵庫」と呼ばれることも。ただ新型コロナウイルスの流行に伴う外出自粛が飲食店営業に影を落とす中、仙台朝市の客足も確実に減った。

魚が一尾丸ごと売られる光景は、スーパーではなかなか見かけられなくなった

 客足は最近になって戻りつつあるが、大型の予約が入りにくくなった飲食店は食材をまとめて仕入れなくなった。ケース単位で購入してくれた家族構成の大きい一般客も、以前のようには見受けられないという。

 実は、コロナ前から客層に変化があった。多忙で自宅で料理をしなくなってしまったのか、食材を取り扱う店は以前ほど求められなくなった。通りは寂しさを増し、客の年齢層は高くなった。

 「何かやらなきゃ」。青果の安達商店の3代目社長村田浩さん(52)と、ワタベ生花店の3代目渡部勝也さん(49)との間で持ち上がった案が「日曜市」だった。

 通常は多くの店舗が休業する日曜に、有志の一部店舗で営業する。狙いは平日になかなか来るのが難しい若者に仙台朝市を知ってもらうこと。毎月第2日曜の午前8時~午後1時、取引のある飲食店の協力を得て試食を出したり、単身者も求めやすいカット野菜を販売したり各店が工夫を凝らしている。

青果店の店先に所狭しと並ぶ野菜

 昨年11月に第1回を開催し、その後「自分もやってみたい」と名乗りを挙げる店舗が出てきた。村田さんは「スーパーと違い、朝市では店員と対話できる。食材の旬など、若い人にいろいろ知ってほしい」と期待する。次回6月12日の開催に向け、企画を準備中だ。

 今年は、コロナの影響で中止していた毎年11月の恒例行事「感謝祭」の3年ぶりの開催も考えている。

 伝統を大切にしつつ、新しい挑戦も続ける。佐藤さんはこれからの仙台朝市について「時代の流れに合わせながら、いいものを売り続けていきたい」と語る。

 客の長年の信頼と、商店街の人々の温かい思いで包まれる仙台朝市。今後も変わらず市民の食卓を彩り続けるだろう。

河北新報のメルマガ登録はこちら
新型コロナ関連

企画特集

先頭に戻る