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「ネット選挙」解禁から9年 現状や課題を東北福祉大・萩野寛雄教授に聞いた

 参院選の公示が近づいている。2013年の参院選からインターネットを使った選挙運動が解禁されて有権者の「情報源」は多様化したものの、投票率の低下傾向が続く。一票の行使に当たっての判断材料は十分か。政党や候補者にはどんな発信が求められるのか。選挙や有権者意識に詳しい東北福祉大総合福祉学部の萩野寛雄教授(政治学)に聞いた。(生活文化部・菊池春子、安達孝太郎)

[はぎの・ひろお]早稲田大大学院政治学研究科博士後期課程修了。東北福祉大総合福祉学部助教授、総合マネジメント学部教授などを経て2015年4月から現職。東京都出身。52歳。

若者へのアピール不足

 -投票率の低下傾向が続いています。

 「社会が停滞し、かつてのような成長が見込めない時代になり、投票へのモチベーションが働きにくいのは事実。真面目に政策を比較するほど『自分の意見に一致する政党や候補者はない』という結論になるだろう。何を重視するか優先順位を決め、どこかで妥協しなければならない状況だ」

 「特定の団体、業界関係者など必ず投票に行く人々がおり、投票しなければ、その人たちに有利な政治になる。学生たちには棄権は全権委任と同じと伝えている。仮に白票でも投票すれば意思表示になる」

 -ネット選挙解禁から9年。状況をどう見ますか。

 「もともと選挙に関心のあった人は情報を多く得られるようになったが、必ずしも投票率を上げる要素になっていないのではないか。ネット情報は部分的で、特に交流サイト(SNS)は登録した上で候補者などを自分からフォローしなければならない」

 -政界にもSNS活用が広がっています。

 「若い世代への訴求力が足りない。5月に政治学原論などを履修する学生にアンケートしたところ、全員がツイッター、インスタグラムなどのSNSを使っていたが、政党や政治家のSNSを見ているのは10%未満だった。政治に若者の意見が反映されにくい、という声も目立った」

双方向の特性生かして

 -どんな発信が求められますか。

 「SNSは双方向性の強みがあり、候補者が市民の声を聞いてフィードバックできる。一方的な発信だけでなく、有権者が参加意識を持てるような活用が大切だ。高齢者向けの政策が目立ち、若者特化の政策と発信も求められる。若年層には写真と短文で視覚的に訴えるインスタグラムが支持されている。短い動画などの入り口が必要だ」

 -マスメディアの果たすべき役割は。

 「裏付けのある事実に迫れるのは新聞などのメディアだ。主観を含む意見と事実を区別しやすく伝えてほしい。権力監視も重要な役割だが、政治は駄目だ、という諦めを広げる側面もある。権力を健全育成する観点も大切ではないか」

 「投票率向上につながる情報も発信してほしい。仙台市内では、住民票を県外などの出身地に残している学生が少なくない。所定の手続きをすれば仙台で投票できることなど、あまり知られていない」

 -有権者に求められる点は。

 「ネットでは事実と異なるフェイクニュース、成り済ましなどの問題も生じている。信頼できるか冷静に見極めてほしい。安易なリツイートは誤情報を拡散させる恐れがあり、注意が必要だ」

 「複数の情報源に触れることも大切だ。選挙公報や政見放送は政策を知る基本。SNSでは候補者が日常生活を発信している場合が多い。イメージ作戦の側面はあるが、人柄を知る手段になる。各メディアの特性を理解し、補完させながら活用してほしい」

20代投票率、30%台で推移

 参院選の投票率は、2013年のネット選挙解禁以降も低迷傾向が続き、前回19年は50%を切り、過去最低だった1995年の44・52%に次ぐ低水準となった。政治不信の表れや、統一地方選と実施年が重なった影響などが指摘された。

 総務省の調査では特に若年世代の投票率が低い傾向にあり、20代はネット選挙解禁前後とも30%台で推移。10代は、選挙権年齢が18歳に引き下げられた2016年の参院選では45%を超えたものの、19年は14ポイント以上低下した。

投票時に欲しい情報「実現可能な政策」最多61% 河北新報社LINE調査 

 参院選を前に、河北新報社は無料通信アプリ「LINE(ライン)」で有権者を対象に読者らのアンケートを実施した。投票する上でどんな情報が欲しいかを尋ねた結果(複数回答)はグラフ上の通り。「政党や候補者が確実に実行できそうな政策」(61・7%)が最も多く、「自分たちの暮らしにどう影響があるか」が続いた。

 自由記述でも「公約の実現可能性や実現するために必要な条件や作業を知りたい」(仙台市・40代会社員男性)、「聞こえの良い財政支援ではなく、耳の痛いことでも裏付けを示して将来的な展望を提示するべきだ」(仙台市・60代無職女性)といった意見があり、単なる人気取りやばらまき型の公約への警戒感がうかがえた。

 政治家への厳しいまなざしが感じられる記述は多く、「政治理念がぶれていないか」「候補者のこれまでの政策と活動内容、過去の所属組織を知りたい」「議員の身を切る改革(各種手当の廃止)についての考えは?」などがあった。

 「未来の話よりも現在の課題の方が分かりやすい」などと、外交、防衛、物価高など直面する問題への対策を求める回答も複数寄せられた。「選挙時、安全保障、財政健全化、エネルギー政策など難しいテーマを避ける候補者が多い印象がある」(仙台市・50代会社員男性)との声もあった。

 情報収集に当たり、信用できて活用しようと思うメディアを複数回答で問う項目では、「新聞などの活字媒体」(74・5%)がトップで、「テレビ・ラジオ番組」「選挙公報・政見放送」と続いた(グラフ下)。政党や候補者のSNSやホームページ(HP)は既存メディアと比較すると割合は低かった。

 自由記述では世代間で投票の判断方法に大きな違いがあることを心配する回答があった。仙台市の50代主婦は「新聞もテレビも見ない大学院生の息子は、ネットのマッチングアプリで政党や候補者を選ぼうとしている」「ネットの落とし穴がないか」などと、若者の投票行動を不安視した。

 他には候補者の街頭演説を動画配信するサイトを挙げる30代会社員男性(仙台市)がいたほか、「公平で中立的な立場からの情報」の要望が複数あった。

 調査は2~6日、「読者とともに 特別報道室」のLINEで友だち登録する人に実施し、290件の回答があった。40代以上が全体の86・6%を占めた。一般の世論調査とは異なる。

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