北方から本州への移民時期は「1.8万年前」 東北大院研究チーム 遺跡出土品から確定

東北大川内キャンパス

 東北大大学院文学研究科の鹿又喜隆教授(先史考古学)らの研究チームは後期旧石器時代の角二山遺跡(山形県大石田町)の発掘調査から、当時ロシア極東サハリンと陸続きの半島だった北海道から本州に人が移動した時期を「約1万8000年前」と確定したと国際学術誌で発表した。

放射性炭素年代測定から判明

 角二山遺跡は1970年、地元の考古学愛好家らが発掘調査を始めた。カミソリ刃に似た細石刃(さいせきじん)など北海道で多く見られる技術で作られた出土品が多く、北海道から本州への南下を示していたが、詳細な年代は不明だった。

 研究チームによる2017~20年の再発掘では黒曜石の細石刃、彫刻刀形石器などが出土した。蛍光X線元素分析の結果、黒曜石は北海道遠軽町(旧白滝村)が産地の「白滝産」が67点、秋田県男鹿市を産地とする「男鹿産」が22点あった。白滝産は北海道、男鹿産は本州でそれぞれ多く見られる技術で作られていた。

 黒曜石以外の石器の多くは角二山遺跡周辺の頁岩(けつがん)が使われ、北海道の技術で作られていた。石器の製作年代は、同じ地層のたき火の炭の放射性炭素年代測定から約1万8000年前と判明した。

 石器の出土状況から、北海道からの移民が男鹿産の黒曜石を持った本州の人々と行動を共にし、角二山遺跡のある土地に移り住んだと結論付けた。丸木舟の出現は縄文時代以降のため、冬季に氷結した津軽海峡を歩いて本州に渡ったとみている。

 鹿又教授は「本州では約1万6000年前の地層になると細石刃が消え、代わりに最古の土器が見つかっている。今後は北方からの住民が本州でどう適応したかなど縄文時代への移行について探りたい」と話す。

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