道の駅だけじゃない! 宮城県民に愛されるドライブイン4選 懐かしくも新鮮な昭和感

 国道沿いなどで見かけるドライブインの多くは、昭和や平成から営業を続けるドライバーのオアシスだ。中高年には懐かしく、若者には新鮮な空間。レトロな店の扉を開ければ、人情あふれる店主や、味・ボリュームともに満点の料理が出迎えてくれる。知れば知るほど好きになる、宮城県内のドライブインを巡ってみよう!
(河北ウイークリーせんだい 2022年8月4日号掲載記事を再構成しました)

◆ドライブインサザエーー亘理・国道6号◆

小上がりとテーブル席がある。 客層は時代で変化。東日本大震災後は平日が働く人々、週末がファミリーや観光客でにぎわう。近年は女性も多い

看板メニューは「アジもつセット定食」

 宮城県亘理町の南北を貫く国道6号沿い、緑と白のツートンカラーの建物が目印の超人気店だ。昼時は車が続々と駐車場に入ってくる。

 店主の太田幸男さんは脱サラし、子育ての最中だった妻昭子さんと1975年のクリスマスに店を始めた。「季節の行事を忘れてしまうほど必死でした」と2人は振り返る。

 80年代後半のバブル期はトラックドライバーが大半を占めた。あるドライバーのアジフライともつ煮、どっちも食べたいなぁ」という一言で、看板メニューの「アジもつセット定食」が誕生。複数のおかずをセットにした定食を増やした。昭子さんは「大衆食堂のような感じでやってきました。おいしいと喜んでもらえるのが幸せ」とほほ笑む。

アジもつセット定食 (1050円)。アジフライは「生のアジじゃなきゃ駄目」と食材を厳選。もつ煮込みはぷるぷるのモツや野菜などの具に味噌だれが染み込んでいる

震度6強地震で被害、10月末で店じまい

 宮城県内で震度6強を観測した3月の地震で建物が被害を受け、10月末に店じまいすることを決めた。幸男さんは「地震の被害がなければ、あと10年は続けたかった。後継者がいないので店舗の建て替えは考えませんでした」と打ち明ける。

 夫妻と一緒に働くのは平日4人、日曜は8、9人。30年以上のベテランもいて、閉店を告げると涙ぐむ人もいたという。幸男さんは「最後の日までいつも通りです」と力を込めた。

注文ごとにパン粉をまぶして揚げるアジフライは衣がさくさくで、中の身はふっくら。「5分以内に食べてほしい」と幸男さん

住所   宮城県亘理町吉田南堰上1-1
電話番号 0223-34-4620
営業時間 月・水曜   午前10時~午後3時
     火・木・金曜 午前10時~午後7時45分
     日曜     午前11時~午後3時

店休日  土曜、8月13日(土)~16日(火)
駐車場  50台(大型車可)

◆ドライブインふるさとーー岩出山・国道47号◆

自分で育てた野菜を多く使った「肉野菜炒め定食」(950円)。肉は健康的に飼育され 臭みが少ない「SPF豚」。 ガス釜炊きのご飯、自家製漬物もうれしい

ご飯はササニシキ、野菜は自家製中心

 ドライブインが爆発的に増えた1970年代、国の減反政策も本格導入された。「同じことをしていては生き残れない」。稲作と酪農をしていた店主岡田眞由美さんの父が、危機感から一念発起。73年、自宅近くの宮城県大崎市岩出山の国道47号沿いに店を出し、母を中心に切り盛りしてきた。

 開店当時の客の中には、関東方面の出稼ぎ先から数人で車に乗り合わせて来る人も目立ったという。数十年ぶりに再訪し、思い出に浸る人もいるそうだ。

25年前、東京からUターンして店を継いだ岡田さん

メニューは100以上

 野菜やコメは地元岩出山産がメイン。野菜は岡田さんが畑に出て収穫したものが多い。コメは、岡田さんの曽祖父が誕生に関わったというササニシキ。栽培の難しさから姿を消しつつある品種だが、「冷めてもおいしく、食感と香りもいい」と自信を持って提供する。

 定食、丼物、パスタなど100余りのメニューがそろう。絞り込もうとも考えたが、「そのメニューが好きなお客の顔が浮かび踏み切れない」と笑う。

テーブル席の他、広々とした座敷も完備。観葉植物やかわいらしい小物が飾られ、女性一人でも入りやすい

住所   宮城県大崎市岩出山下野目二ツ屋56-1
電話番号 0229ー72-0014
営業時間 午前11時~午後9時
店休日  第2・4火曜
駐車場  30台(大型車可)

◆ドライブインみしまーー川崎・国道286号◆

鶏と豚でだしを取り、ラー油や豆板醬などでピリ辛に味付けした「ダールラーメン」(写真は半ライス付き930円)。醬油あんは「とろーり、だらーり、だーる」とした口当たり。これがネーミングの由来に

看板料理は「ダールラーメン」

 2代目店主三嶋一眞さん、里枝さん夫妻が、店を切り盛りする。一眞さんの父で創業者の一明さんも、昼の繁忙時間帯は店に出る。

 一明さんは、親戚が営む中華料理店で腕を磨き、1989年、川崎町の現在地に店を開いた。所有していた土地の目の前に、ルート変更によって国道286号が整備され、宮城と山形を行き来するトラックの往来が増えていた頃だった。

洋食出身という一眞さん。ラーメン類の他「エビフライ定食」(1200円)も人気だ

 30 年以上の看板料理が「ダールラーメン」だ。ボリュームたっぷりで運転手らに満足してもらえるメニューにしようと、人気だった「おんめんラーメン」にとろみを付けてアレンジした。具だくさんのあんと後を引く辛味が魅力。半ライスを注文し、スープをご飯にかけて楽しむ客も多い。

 国営みちのく杜の湖畔公園の目の前にあり、ファミリー客も多い。子ども用のメニューやいすを用意するなど、世代を超えて楽しめる店を心がける。

店内では川崎町のご当地パン「小山支店」の商品も販売

住所   宮城県川崎町小野町裏32
電話番号 0224-84-5822
営業時間 午前11時~午後6時30分
店休日  木曜(祝日の場合営業、翌日休み)
駐車場  30台(大型車可)

◆上涌谷ドライブインーー涌谷・国道108号◆

店内の一角にスナックをほうふつとさせるカウンターがある。「昔のドライブインは食事ができてお酒も飲めるところが多かったので、その名残です」と修司さん

変わらぬたたずまい

 運輸会社のドライバーだった初代の父が転職し、1970年頃、涌谷町内の国道108号沿いに開業した。萩田修司さんは「幼稚園児の頃には店を継ぐと言っていました」と笑う。調理師専門学校を卒業後、父と厨房に立ち、86年に2代目店主になった。

 開業数年後の78年に店舗を建て替えた。壁にずらりと並ぶメニュー札、レトロな照明などは変わらない。時が止まったような懐かしさを好み、3世代で訪れる常連客もいる。麺類、丼もの、定食など多彩なメニューは初代のレシピをベースに、時代に合わせ昔より塩分を控えめにしている。

人気No.1の 「くじら味噌焼定食」(1050円)。刺し身でも食べられるクジラ肉を特製味噌だれに約1日漬け 込み、注文ごとに揚げ焼きに。軟らかく、ご飯が進む味付けだ

 今は妻仁美さんとの二人三脚だが、高校3年の長女と中学3年の長男も料理の道を目指していて、親子4人で出迎えてくれる日も近そうだ。

 かつてはトラックドライバーの来店が多かったが、最近は週末を中心にファミリーが目立つ。小上がりがあり、宴会にも対応。修司さんが送迎もしている。

筒状の割り箸入れ。「今の若い人はこれに割り箸が入っていると思わない」(修司さん)

住所   宮城県涌谷町今左エ門沖名20-1
電話番号 0229-42-3579
営業時間 午前11時~ラストオーダー午後7時30分(予約制で時間外の宴会に対応)
店休日  月・水・金曜
駐車場  25台(大型車可)

◆ドライブイン、なぜ減った?◆

 かつて宮城県内には多くのドライブインがあった。昭和後半の世相に詳しい映像プロデューサー伏谷宏二さん(多賀城市出身)と、青葉区一番町で「カフェバーThe1965」を経営する森本淳子さん(仙台市出身)に話を聞いた。

70年代には150軒以上

 ドライブインは、幹線道路に面した駐車場を備えた商業施設を指し、飲食店を備えていることが多い。県内では、モータリゼーションの進展に伴い1960年代後半に広がった。

 職業別電話帳を見ると、70年代には150軒以上もある。「特に70年までに仙台バイパス(現国道4号)が岩沼から仙台・泉まで延び、その通りの特に名取、岩沼にドライブインが多くできた」と伏谷さんは話す。

 憧れのビフテキ(※1)やウエハースが添えられたアイスクリーム(※2)に自身が目を輝かせた「あむーる幸福堂」(岩沼)が印象的だという。

 森本さんが懐かしむのは、建物の上にスプーンのオブジェが載っていた「スプーンハウス」(名取)、グラタンがおいしかった「老松」(同)など。「画一化されていない店づくり、味付けが魅力だった」と語る。

昭和のドライブインを語る伏谷さん(右)と 森本さん

 その後、高速交通網が拡充され、全国展開のファミリーレストランやコンビニが県内にも続々進出。90年代に入ると「道の駅」も整備された。競合にさらされた仙台圏のドライブインの多くが姿を消した。

 電話帳に載っている分類でいうと、今は県全域でも20軒余りにすぎない。後継者の有無といった事業承継の難しさも関係している。

 伏谷さんは「セントラルキッチンによる集中調理に慣れた世代が食べたら新鮮に感じるはず。手作りの味の良さを感じてほしい」と語る。

【※1】ビフテキ 牛肉が今よりもずっと高価な食べ物だった昭和では「ビーフステーキ」を指した。bifteck(ステーキ)を意味するフランス語が語源。

【※2】ウエハースが添えられたアイスクリーム 脚付きのガラス容器に丸くアイスクリームが盛られ、焼き菓子の一種、ウエハースが添えられている。いつそれをかじるかを計算しつつ食べるのが楽しみの1つだった。

「隆盛の影にドラマあり」 フリーライター・岩佐陽一さんに聞く

 「ドライブイン隆盛には、実はドラマが関係していた」と語るのは、「70年代カルトTV図鑑」などの著者があるフリーライター・映像プロデューサーの岩佐陽一さんだ。

 共にTBS系で放送されたアクションドラマ「キイハンター」(1968~73年)、刑事ドラマ「Gメン’75」(75~82年)でドライブインが舞台になることが多かった。「制作日数や費用が限られる中、車を止められてロケができ、食事もできるというドライブインは格好の存在だった」と解説する。

 当時はロケ地情報などを一般の人が知ることはなく「ドライブインに行けばスターに会えるのではないか」という思いを抱いたのだとか。庶民にとって、憧れの場所だったという。

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