発掘!古代いしのまき 考古学で読み解く牡鹿地方>養老4年の蝦夷の反乱と国家の動揺
【東北学院大博物館学芸員・佐藤敏幸氏】
第4部 律令国家の完成と石巻地方の支配
<自由な生業、脅かされる>
■律令であつれき
大宝元(701)年、大宝律令の制定によって法制度を整えた国家は、戸籍を整えて人民を把握し、国郡里(くにぐんり)制や租(そ)・庸(よう)・調(ちょう)・雑徭(ぞうよう)・兵役などの税制を施行して国家運営にあたります。当時の陸奥国北端の大崎・石巻平野には、関東地方から富民1000戸を柵戸(きのへ)として移住させ、郡(こおり)・郷(さと)を設けて律令(りつりょう)制を施行したのです。蝦夷との境界域での律令制施行は地元の蝦夷の反感・あつれきを生み、ついには反乱が起こってしまいます。
■最高権力者殺す
「続日本紀(しょくにほんぎ)」養老(ようろう)4(720)年9月丁丑(28日)条に「陸奥国奏(そう)して言(もう)さく、『蝦夷(えみし)反(そむ)き乱れて、按察使(あぜち)正五位上上毛(かみつけ)野(の)朝臣広人(ひろひと)を殺せり』ともうす」(原文は漢文)とあります。720年に蝦夷が反乱し、陸奥国と出羽国を合わせた最高長官である按察使の上毛野広人を殺害したことが陸奥国から報告された記事です。陸奥国の最高権力者が殺害されたことは、平城宮にあった中央政府の蝦夷政策に大きな打撃を与えたことは想像に難くありません。養老4年の蝦夷の反乱を詳細に検討した東北学院大学名誉教授の熊谷公男先生は、この反乱が地元の人々の記憶に残り、実に1世紀以上の長きにわたって語り継がれるほど影響が大きかったと述べています。この反乱に対し、国家は翌日には征夷(せいい)将軍ほかを任命して軍隊を送り込み、養老5年4月には鎮圧して帰還しています。
養老4年の反乱時は大崎・石巻地方に大きな動揺を与えたと考えられます。翌年には陸奥国の城柵が置かれた地域の民が蝦夷の反乱等で被害を受けているので当年の調庸を免ずる詔が出されています。さらに翌々年の養老6年4月に、調庸制という税制の停止や、京(みやこ)へ出仕していた舎人(とねり)や衛士(えいじ)・仕丁(しちょう)などの人々を地元への帰還させること、鎮所(ちんじょ)(軍隊の駐屯地)へ米を運んで蓄えさせるといった反乱の収拾策ととれる太政官からの命令が出されています。また、同年8月に、諸国司に柵戸1000人を選んで陸奥鎮所へ移住させるよう命じたのも収拾策の一つと考えられます。
さて、養老4年の反乱はどこで起きた事件なのでしょう? 蝦夷の反乱ですから、蝦夷が住むところで、陸奥国の最高権力者が出向く場所を考えると、大崎・石巻地方に造営された城柵が考えられます。おそらくは、山道地方(大崎地方)の蝦夷の反乱だったようです。丹取(にとり)郡の役所である大崎市名生(みょう)館官衙(だてかんが)遺跡や丹取郡の正倉(しょうそう)とみられる南小林(みなみおばやし)遺跡では、発掘調査によってこの反乱と考えられる大規模火災の痕跡が見つかりました。役所の瓦葺(ぶき)建物や米を蓄えた大型高床倉庫群が一度に焼失してしまったことが分かっています。
■九州南部でも乱
養老4年の反乱は、北方の蝦夷と接する境界で発生した反乱だけではありません。蝦夷の反乱の7カ月前の養老4年2月に九州南部の隼人(はやと)が反乱し、大隅国国司が殺害される事件が起こっていました。国家の西南端の境界地域でも同じような反乱が起こっていたのです。これは偶然とは考えられません。律令国家の北東端と南西端の境界域で発生した反乱の原因の一つは、律令制の施行という法や税制度の強制にあったと考えます。
国家は大化の改新後に、蝦夷と境を接する大崎・石巻地方にたくさんの公民を移住させ、交流・軍事拠点として城柵を造営しました。地元の蝦夷たちは新しい物品や製造法をみて交流・交易を目的に朝貢(ちょうこう)して関係を築き、融和な状況だったと考えられます。それが突然、律令制度が施行されて戸(こ)として把握され、租、庸、調、雑徭などの税を賦課されたりして、これまでの自由な生業が脅かされてしまったのではないでしょうか。律令法の施行があつれきを生み、反乱につながっていったと考えられるのです。
陸奥国の最高権力者の殺害は、蝦夷にとっては単なるヤマト国家の1人を恨んで殺害したのかもしれませんが、国家にとっては極めて深刻な事態であり、陸奥国統治の方策を転換しなければならなくなったのです。
蝦夷の反乱はいったんは鎮圧されますが、その火は4年後に再び燃え上がります。石巻地方で起こった神亀(じんき)元(724)年の海道蝦夷の反乱です。
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