(675)先達のありて群れ発つ稲雀(いなすずめ)/志摩陽子(1941年~)
秋に重く頭を垂れた稲穂をついばむのが稲雀です。最初に数羽が見回り、それから群れがやって来るそうですから、この句もそのことを言っているのでしょう。先達といえば、学問や技芸の道の先輩や、案内役のことを指します。通常は、わが学問の道に先達ありと、自分にとって一人か数人という印象がありましたから、後進が何…
関連リンク
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