<決壊>第1部・100年の現実-阿武隈川[2]暴れる土砂/岩と流木 家々さらう

3人が死亡、1人が行方不明となった山崩れ現場。土砂が深刻な被害をもたらした=11月21日、宮城県丸森町廻倉

 腐葉土の生臭さが鼻を突く。茶色い山肌を流れ落ちる水の音が小雨に交じる。

 「何がなんだか…」

 10月13日午前5時、宮城県丸森町廻倉地区。夜明け近くの薄暗がりの中、懐中電灯の先に浮かび上がった光景に住民の大槻武夫さん(75)は絶句した。裏山からの土石流が隣家を跡形もなくさらっていた。

 台風19号が東北に接近した12日夜。激しい雨は「ドラム缶の底を抜いた」ようだった。裏山の方から岩と岩がぶつかる雷のような音が鳴り続いた。

 裏山は2015年9月の宮城豪雨でも小規模の地滑りがあったが「こんな大きな山崩れになるとは、誰も思わなかった」。隣家にいた4人のうち3人は遺体で見つかり、1人は今も行方が分からない。

 町内の土砂崩れは通報分だけで150カ所に上る。町土の大半を覆う花こう岩層は、大雨で土砂災害が起きやすい。京大防災研究所などが町内で11月初旬に実施した調査でも、廻倉地区で「コアストーン」と呼ばれる数メートル大の巨石と、花こう岩が風化した真砂土(まさど)の崩落が確認された。

 水はこうした土砂やなぎ倒した木々を巻き込みながら、阿武隈川の支流に押し寄せた。

 町を南から北に流れる五福谷川もその一つ。五福谷橋では欄干に大量の流木が引っ掛かって詰まり、濁流が橋脇の堤防を破って宅地に流れ込んだ。

 「台風前より2メートルは川底が上がったんじゃないかなあ」。橋近くの自宅が床上浸水した高橋幸三さん(62)は、河床の土砂を撤去する自衛隊のショベルカーを見つめながらつぶやいた。

 10月12日午後5時半すぎに自宅が浸水し始め、2階に避難した。翌朝も決壊した堤防から泥水が漏れ続け、自宅前の道路は最大十数センチの泥が堆積。隣家は1階の床上まで土に覆われていた。

 橋の東側下流に広がる中島地区は五福谷川と、近くで合流する内川の氾濫が相まって一帯が水没した。自宅2階で難を逃れた大橋健寿さん(66)は「家を囲むように渦が巻いていた。生きた心地がしなかった」と話す。

 水が引くと自宅1階は土にまみれていた。敷地には大量の流木とがれき、足首まで埋まる土砂が残った。

 土砂混じりの水は、最終的に阿武隈川本流にたどり着く。13日午前4時40分、丸森の阿武隈川の水位は氾濫危険水位を1メートル超上回る過去最高の23.49メートルに達した。大量の土砂流入が水位上昇の一因となった。

 山間部の滝ノ上地区に住む鈴木孝雄さん(80)宅前の道路は、沢から阿武隈川に向かう激流にえぐられてなくなった。今も土砂が沢を覆い、大きいもので1メートル大の岩石が転がる。「こんなに埋まっていたとは」。岩の量と大きさに驚く。

 豊かな自然に魅了され、20年前に妻と東京から移住した。「東京にいる息子に『戻ってこないか』と言われてね。そろそろ潮時かもしれない」と目を伏せた。

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