<決壊>第1部・100年の現実-阿武隈川[4]地形の宿命/狭窄 一気に水位上昇

福島県本宮市本宮太郎丸で堤防を越えて氾濫する阿武隈川=10月13日午前5時30分ごろ(小林美智代さん撮影)
通常の水かさに戻った本宮太郎丸の阿武隈川=10月30日

 堤防を越えた水が滝のような音を立てて市街地に流れ込み、一帯を侵す。

 「どうなっちゃうんだろう」。福島県本宮市本宮太郎丸地区の小林美智代さん(58)は、床上浸水した自宅の外で阿武隈川の氾濫を夜明けまでぼうぜんと眺めた。

 台風19号通過中の10月13日午前1時ごろ、マンホールから水の噴き出す音がした。外に出ると、自宅そばの堤防の様相が一変していた。「人間は自然にかなわないなって、水害のたびに思う」。自ら撮影した越水の写真を見て、諦め交じりの苦笑いを浮かべた。

 福島県内を南北に流れる阿武隈川は、低地の盆地と川幅が狭まる山あいの狭窄(きょうさく)部が交互する影響で水位が上がりやすい。流れが良くなったり悪くなったりを繰り返すためだ。

 狭窄部は上流から順に須賀川、郡山、本宮、二本松、福島、伊達各市の間にある。各市とも盆地に市街地が広がる。流域の住民は1986年の「8.5豪雨」など、度重なる氾濫に悩まされてきた。

 太郎丸の越水地点から北に約1キロの本宮千代田地区。辻トキ子さん(77)宅も1階の天井近くまで水没した。東京電力福島第1原発事故後に同県浪江町を離れ、昨年秋に家族3人で移り住んだ新居だった。

 就寝中に水が押し寄せ、目覚めた時には1階寝室が足首まで浸水していた。「初めての経験で油断した」。壁に残る泥水の跡を見上げ、うなった。

 県内の阿武隈川の氾濫(決壊、越水、溢水(いっすい))は判明分だけで13カ所。いずれも狭窄部か狭窄部に挟まれた市街地だった。6カ所で氾濫した流域最大の街・郡山は都市機能が集積している分、被害も大きかった。

 郡山市田村町徳定地区で関沢美恵子さん(71)が営む下宿アパートは、1メートル以上浸水した。地区は須賀川市境の狭窄部の先にあり、国が築堤の準備を昨年度に始めたばかりだった。

 阿武隈川の氾濫による浸水経験は8.5豪雨、2011年9月豪雨に続き3度目。「もう嫌になる。同じような雨がしばらく降らない保証はない」。関沢さんの頭を「移転」の二文字がかすめる。

 本流の水位が上がり過ぎると、本流から支流への逆流(バックウオーター)現象が起きる。市街地の雨水が排水されない上、本流と同程度の高さまで水かさを増した支流があふれ、洪水が連鎖する。

 郡山市内の支流谷田川では、西側の中央工業団地内で雨水が排出されずにたまり、谷田川につながる排水路近くの堤防が決壊。団地と住宅が集まる北側の水門町地区が冠水した。

 「洪水は覚悟していた。そういう土地なんだよ」。団地で被災した運送会社役員の田崎栄市さん(54)は達観したように話した。

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