第4部・都市のリスク(5)二兎を追って 防災か景観か、板挟み

工事のため伐採された逢瀬川沿いの桜並木=2月19日、郡山市

 福島県郡山市を東西に横切る逢瀬川の土手に、桜の切り株が等間隔に並ぶ。堤防のかさ上げ工事のため、2月中旬までに計約200本の桜並木が伐採された跡だ。

 逢瀬川は昨年10月の台風19号で、阿武隈川との合流地点から上流約2.6キロまでの区間が断続的に氾濫した。本流の水位が高止まりして支流に逆流するバックウオーター現象が起き、工事中で低いままの堤防から大量の川水があふれ出た。

 逢瀬川沿いの若葉町地区は一帯が水没した。自宅が床上浸水した地区住民の村越秀樹さん(69)の胸中は複雑だった。予定通りなら工事は2009年度に完了しているはずだった。「一緒に育った思い出の桜並木」の伐採問題が、工事遅延の原因となっていた。

 川を管理する福島県が改修を始めたのは、大規模氾濫した8.5豪雨から2年後の1988年。堤防のかさ上げには桜並木を全て除去する必要があった。

 浸水を経験した川沿いの住民は伐採を容認したが、川から離れた地域の住民が待ったをかけた。桜に彩られた川辺は「郡山の春の名所の一つ」(市河川課)。市民の愛着も強い。97年には桜の保存を求める市民団体が発足し、川沿いの一部住民も同調した。

 県は伐採をいったん見送り、工事を休止した。問題を棚上げした間に進めた用地交渉も「伐採問題と一体化して難航」(県中建設事務所)する結果となった。

 「地元の大半は断腸の思いで伐採を容認した。工事は粛々と進むと思っていた」と村越さんは言う。県は2016年、若葉町の6町内会から早期建設要望を受け「合意を得た」と判断。翌年伐採を始めた。台風襲来は、遅れを取り戻そうとしているさなかの出来事だった。

 街のイメージを決定付けることもある河川景観。治水と景観の「二兎(にと)」を追い苦悩する都市は多い。仙台市の代名詞の一つ、広瀬川でもかつて巨大中州の取り扱いを巡る対立があった。

 広瀬川は上流の大倉ダム(青葉区)が完成した1961年以降に流量が減り、堆積土砂が流れを妨げ始めた。若林、太白両区を結ぶ愛宕橋と宮沢橋の間にできた中州は最大で幅70メートル、長さ400メートル超に肥大し、樹木が生い茂った。

 宮城県は85年に撤去計画を立てたが、「景観を損なう」「野鳥の生態系が壊れる」と流域住民らが反発した。県と住民らの議論の末、管理計画が策定されたのは20年後。中州の一部保存、年3回の環境モニタリング実施など、「別格の手厚さ」(河川課)で住民側の考えを酌む内容となった。

 議論に参加したNPO法人水・環境ネット東北(仙台市)事務局長の谷田貝泰子さん(49)は「広瀬川の氾濫は70年前が最後。洪水の危険を言われても『本当に?』という雰囲気だった」と振り返る。

 広瀬川は2015年9月の宮城豪雨で氾濫注意水位を1メートル超上回り、観測史上最高となった。台風19号時の超過も80センチ以上。観測地点の広瀬橋は、巨大中州があった場所の下流約1キロに位置している。

伐採前の逢瀬川の桜並木。樹齢70年以上の古木もあった=2019年4月(住民提供)
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