特別編~私の考え~(下)東北大大学院教授・田中仁氏 水害文化学び行動を

[田中仁(たなか・ひとし)氏]東北大大学院工学研究科博士課程修了。アジア工科大(タイ)助教授などを経て、1996年から現職。台風19号災害に関する東北学術合同調査団団長、国土交通省の鳴瀬川堤防調査委員会委員長を務める。専門は水工学。63歳。群馬県出身。

 東北に大きな爪痕を残した昨年10月の台風19号は河川単体ではなく、まちづくりと連携した水害対策を進めることの必要性を浮き彫りにした。地球温暖化の影響で今回のような豪雨が将来的に常態化するとも言われる。流域全体で豪雨に備え、水害の教訓を伝承し続けなければならない。

 宮城、福島両県にまたがる阿武隈川は流れの方向と台風の進路が重なり、各地で8.5豪雨(1986年)以来の大水害となった。上流から下流までの広範囲で大雨が続き、雨水を流し切れずに氾濫が連鎖する「流域型洪水」が起きた。

 下流域の宮城県丸森町は数百年に1度の総雨量だったとされる。町内では宅地や農地の内水氾濫が支流の堤防を乗り越えて川に流入する特異な現象が起きた。上流域の須賀川市浜尾でも同じメカニズムで堤防が決壊し、被害が拡大した。こうした現象の発生頻度は低いが、地形の条件がそろえばどこでも起こり得る。

 1940年代の丸森町の航空写真を見ると、現在の町役場周辺は田畑だった。宅地は山沿いや微高地に集中し、洪水と自然に付き合う住まい方をしていたのが分かる。その後の堤防整備などで洪水被害は減ったが、地形の高低が変わったわけではない。

 自分の住む場所が本来どんな水害を経てきた場所なのかを知れば、同じ避難情報でも反応の仕方が変わるはずだ。河川洪水と内水氾濫を合わせたハザードマップの作成は有効だが、作って終わりでは意味がない。地域の特徴に応じた危険意識を継続できるような運用の工夫が求められる。

 豪雨対策の河川整備は、もはや「いたちごっこ」状態だ。宮城県央部を流れる吉田川は大郷町粕川で堤防が決壊し、広範囲が水没した。災害のたびに弱い堤防が補強されるが、整備基本方針で目指す100年に1度の洪水に耐える川づくりには膨大な時間がかかる。

 河川には計画高水位(想定最高水位)があり、水量が想定を超えれば当然あふれる。土砂の流入で川底が上がるなどの不確定要素も付きまとう。川に絶対の安全はあり得ず、あふれる可能性を前提に暮らしの在り方を考える必要がある。

 吉田川の氾濫に苦しめられてきた大崎市鹿島台では8.5豪雨後、浸水被害の拡大を防ぐ道路兼用の堤防「二線堤」が整備された。防災とまちづくりを両立した手法が機能し、今回も二線堤内で洪水被害はなかった。豪雨頻発時代に合ったまちづくりの先進事例と言える。

 河川の氾濫自体は自然現象であり、そこに人間の暮らしがなければ「災害」にはならない。流域が発展して人口が増え、堤防を築いて本来危険な土地を切り開いてきたが、現代的な治水が進むにつれて各地の水害文化は薄れがちになった。

 東日本大震災をどう伝承するかの議論もあるが、洪水は津波より頻度の高い現象だ。自分の地域にどんな水害のシナリオがあるのかを理解し、災害時の行動につなげてほしい。

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