見えない敵-エリートパニック(上)思考停止、悪夢の始まり

水素爆発を繰り返し東北、日本を危機に陥らせた福島第1原発(左から3号機、4号機)=2012年9月3日

 宰相が頼りにしたエリートたちは、宿題を忘れてきた小学生のようにうつむいたまま、誰とも目を合わせようとしなかった。

 2011年3月11日夜、首相の菅直人は官邸でいら立ちを募らせていた。東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)が津波に襲われ、全交流電源を失ったと夕方に報告を受けてから詳細な情報が途絶えた。

 「エリート」は原子力安全委員長の班目(まだらめ)春樹、経済産業省原子力安全・保安院長の寺坂信昭、東電フェローの武黒一郎の3人。原子力の安全確保、規制、発電を担う各組織のトップ級で、いずれも東大出身だ。

 原子力緊急事態宣言は11日午後7時すぎと遅れた。「どうなっている」「どうすればいい」。問い詰める菅。3人は「あぁ」「うぅ」とうなるばかりだった。

 官邸の政府対策本部には当初、原発周辺の地図も原発構内の見取り図もなかった。事故対策拠点となるオフサイトセンターや、最前線の原発所員が何をしているのかも分からない。

 見かねた内閣審議官の下村健一が彼らに歩み寄り、ささやいた。「あなたの携帯電話を手で持って番号を押し、職場の部下に総理に言われた質問を伝えてください」。エリートたちは言われた通りに動きだした。

 「反応できずにいた3人が『壊れているのでは』と疑った。彼らは自らが作り上げた『安全神話』に漬かりきっていた」。今月、取材に応じた下村は語った。「原発を動かすなら、技術力以上に人間力の審査が要る」。下村が考える教訓の一つだ。

 福島第1原発は翌12日に1号機、14日に3号機、15日に4号機の建屋が水素爆発。2号機や、4号機の使用済み核燃料プールも危機的状況に陥ったが、事態は収束に向かう。菅は今年8月の取材に「幸運な偶然が重なった。『神のご加護』だった」と振り返った。

 菅の原発事故対応をはじめ、民主党政権を「悪夢」と呼び続けた自民党の前首相安倍晋三。自身も今年、新型コロナウイルス感染拡大への対応にあえいだ。

 PCRなど検査体制の強化、国民への広報やリスクコミュニケーションを行う専門組織の設置-。新型コロナ対応でも指摘されたこれらの対策は、民主党政権下の10年6月、09年から流行した新型インフルエンザ対策の有識者会議が報告書に盛り込んだ内容だ。

 「以前から重ね重ね指摘されている事項。今回こそ発生前からの体制強化の実現を強く要望する」と報告書にある。切実な訴えが棚上げされたまま10年後、新たな感染症が発生した。

 原発事故の国会事故調査委員長を務めた東大名誉教授の黒川清は今年6月、政府の新型コロナ対策の効果を検証する会議の委員長に就いた。政府や東電がなすべき備えを怠った末の原発事故を「人災」と断じた黒川。8月の取材にコロナ禍の印象をこう語った。

 「福島の事故と同じ。政府のエリートたちが思考停止に陥った」
(敬称略。肩書は当時)

 日本初の原子力発電が行われた1963年、ドイツの哲学者ハイデッガーは日本人学者に書簡を送った。

 「原子エネルギーの管理に成功しても、管理の不可欠なことが、この力を制御し得ない人間の行為の無能を暴露している」

 人間の思い上がりに対する警告は48年後、原子力の暴走により現実になった。「管理された原発は安全」との神話は福島の地で終焉(しゅうえん)を迎えた。原子力の復権は賛否の渦にのみ込まれ、航路が定まらないままだ。

 史上最悪級の原発事故の発生から来年3月で丸10年。連載は、原子力事業と原発政策のどこが変わり、何が変わらないかを追う。

 コロナ禍と原発事故は、病原体と放射線という見えない敵との闘いの点で共通する。政府の初動対応や危機への備え、政治と科学との関係でも相似形を描く。第1部は二つの未曽有の出来事を重ね合わせ、教訓を改めて考える。
(「原発漂流」取材班)

河北新報のメルマガ登録はこちら
原発漂流

 史上最悪級の原発事故の発生から2021年3月で丸10年。原子力事業や原発政策の何が変わり、何が変わらないのか。教訓は生かされているのか。改めて検証する。

企画特集

先頭に戻る