見えない敵-エリートパニック(下)無謬に固執、失策重ねる

 2011年のネット流行語大賞の銀賞に、政権スポークスマンの「口癖」が選ばれた。

 「直ちに影響はない」

 東京電力福島第1原発事故の広報対応で官房長官の枝野幸男が繰り返したフレーズは、事故への対処で迷走した民主党政権の象徴となった。

 「不都合でも隠さない。不確かなら流さない」。当初は積極広報の姿勢で情報発信に臨んだ枝野は「不確か」の部分でつまずいた。

 テレビで放映された建屋が吹き飛ぶ様子を「爆発的事象」と曖昧に表現し、不安を増幅させた。事故直後は不明瞭な状況が続いたとはいえ、正確な情報にこだわって発表が遅れ、情報隠しを疑われる悪循環に陥った。

 炉心溶融(メルトダウン)を巡る情報の錯綜(さくそう)は典型だった。

 「メルトダウンがほぼ進んでいるのではないか」。事故翌日の11年3月12日午後、記者会見でいち早く可能性を指摘した経済産業省原子力安全・保安院審議官の中村幸一郎はその後、会見から姿が消えた。踏み込んだ発表が官邸の不興を買い、外されたとされる。

 後任の審議官の西山英彦は「炉心の毀損(きそん)」「燃料ペレットの溶融」と表現をぼかし、メルトダウンについては「可能性は不明」とはぐらかした。

 実のところメルトダウンは3月11日夜に始まっていた。政権は2カ月後、ようやくその事実を認めた。

 今年、新型コロナウイルスの感染拡大という危機に直面した自民党政権も、国民とのリスク情報の共有や意思疎通で悪手が目立つ。

 専門外来受診の目安として当初示した「37.5度以上の発熱が4日以上」が、PCR検査の抑制を招いた一因とされる。前首相の安倍晋三が検査実施可能数の目標に掲げた「1日2万件」は達成が遅れた。「ステイホーム」「新しい生活様式」と耳慣れない言葉が次々と繰り出された。

 慶応大商学部教授の吉川肇子(組織心理学)は「原発事故時よりも、リスクコミュニケーションが悪化している」と手厳しい。政府が義務のような提案を一方的に課す半面、検査・医療体制が整わない実情の説明が乏しく、国民が不安と不満を募らせているとみる。

 吉川は「権力側が言いたいことだけを分かりやすく伝えることがリスクコミュニケーションではない。不都合な情報も伝えて、相互理解を図る民主的な手法が求められる」と語る。

 危機の度に失策を繰り返す政府の情報発信。民主党政権時に内閣審議官を務めた元報道キャスターの下村健一は原発事故時の経験も踏まえ、日本社会に根強い「無(む)謬(びゅう)主義」の弊害を指摘する。

 社会全体に「失敗できない、失敗を許さない」文化があり、誤りを恐れて不確かな情報を出せず、曖昧な表現や非公表を選択しがちになるという。

 「情報の更新や判断の変更を責めるのではなく、より正確な新しい情報や判断と捉える感覚が必要だ」。下村は私たちの側の心構えも問う。

 (敬称略、肩書は当時)

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 史上最悪級の原発事故の発生から2021年3月で丸10年。原子力事業や原発政策の何が変わり、何が変わらないのか。教訓は生かされているのか。改めて検証する。

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