見えない敵-エリートパニック(中)国民軽視、情報遠ざける

仙台発山形行きのバスを待つ人々。仙台が避難区域となる可能性もあった=2011年3月13日、宮城県庁前

 東京電力福島第1原発で2011年3月12日に最初の水素爆発が起きて間もない頃、警察庁から関係各県警に極秘の指示が飛んだ。

 「原発から100キロ圏の避難に向けた準備を進めろ」。悪化する原発の状況を踏まえ、政府の避難指示拡大に備えるためだった。

 100キロ圏は福島市や郡山市など福島県内の主要都市は無論、仙台市中心部を含む宮城県の南半分がすっぽりと入る範囲。それまで半径20キロ圏に出された避難指示とは次元が違った。

 避難誘導で信号機に配置する警察官と支給するマスク、防護服の確保に向けた検討が進んだが、津波で壊滅的な被害を受けた宮城、福島両県の沿岸部がネックとなった。どこに、どれほど避難者がいるのか、正確につかむのは困難だった。

 「避難の想定を公開すれば大変なパニックになると思った」。警察関係者の一人は当時の心境を明かす。使用済み核燃料の溶融が最も懸念された4号機の貯蔵プールの安全が16日に確認され、「100キロ圏避難」は幸い、幻に終わった。

 同じ頃、政府は「パニック」を理由に、いくつもの情報を国民から遠ざけた。

 放射性物質の拡散方向などを予測した緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の情報は、5月まで大半を伏せた。最大で半径250キロ圏が避難対象になると想定した「最悪のシナリオ」は12年1月まで、存在を明らかにしなかった。

 災害時に権力層のエリートらが国民のパニックを恐れ、冷静に判断できなくなることを「エリートパニック」と呼ぶ。東日本大震災の被災地も訪れた米国作家レベッカ・ソルニットの造語だ。自分が焦っているのだから、情報を得た国民はもっと焦る-というエリートらの誤った思い込みや国民軽視の姿勢を意味する。

 未知の感染症への政府対応でも、同じ「病理」が見られた。

 新型コロナウイルス対策の専門家会議が今年3月に出した見解には当初、「無症状者による感染拡大」の記載があったが、「パニックになる」との政府の懸念を受けて削除された。5月の見解も「1年以上の長期戦」との表現が削られた。

 「政府はまた『パニック神話』に陥った」。静岡大防災総合センター教授の小山真人(火山学、災害情報学)は断じる。「危機的状況の認識、逃げ道不足の認識、情報不足の3条件がそろって初めてパニックは起きる。コロナ禍は条件がそろわない」と指摘する。

 感染拡大初期に生じたトイレットペーパーの品切れは「パニック買い」と言われたが、小山は「品不足に基づく理性的反応」とし、パニックとは区別する。

 小山ら火山学者には苦い教訓がある。1991年に長崎県の雲仙・普賢岳で43人が犠牲になった災害では発生前、行政機関と共にパニックを恐れ、火砕流に関して住民らに十分な注意喚起をしなかった。

 「対応できないリスクも含め、伝えるべき情報を伝えなければならない」。小山は、かみしめるように語った。
(敬称略)

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