「復興再考」第6部 まちづくり(5) 山元 集約化(上)/持続可能性、大胆に探る

山元町が推し進めたコンパクトシティーのシンボル「つばめの杜」=4日

 高架化された新駅を起点に整然とした街並みが広がる。玄関口にスーパーが建ち、その先に小学校、保育所、中央公園。取り囲むように住宅が軒を連ねる。
 宮城県山元町のJR常磐線山下駅を核とした新市街地つばめの杜。37ヘクタールのエリアに543世帯1226人が暮らす。
 東日本大震災の津波で被害を受けた町は、さらなる人口減少を見据えた持続可能なまちづくりを目指し、内陸部3カ所に大胆に移転集約した。4年前にまち開きをしたつばめの杜は、復興コンパクトシティー構想の象徴だ。
 真新しい外観とは裏腹に、内側には高齢化とコミュニティーづくりの課題を抱える。
 「腰が痛くて今寝てたの」「血圧の薬を飲んでいるけど調子はまずまずだね」
 11月半ば。長屋形式の災害公営住宅の扉がゆっくりと開き、1人暮らしのお年寄りが顔を出した。つばめの杜西地区の有志による見守り活動。主に75歳以上の110戸を月1回訪れる。
 「外に出るのに難儀する高齢者も多い。ならば、こちらから訪問してつながろう」。西区長の坂根守さん(77)が狙いを説明する。
 つばめの杜は東西2地区で構成される。西地区は公営住宅が209戸を占め、現役世代が多い自力再建の分譲住宅は67戸。偏った構成は高齢化率に表れ、県内ワースト3位の町全体より5・4ポイント高い46・1%に達する。
 街の設計図を描く際、多様な世代が入り交じるように公営住宅と一戸建てを配置する案が浮上したが、見送られた。
 「公営住宅は土地さえ確保できればまとめて整備可能で先行して建設できた。『まだか、まだか』という被災者の切実な声に応えなければならなかった」
 計画に携わった建設コンサルタントのオオバ(東京)東北支店長の赤川俊哉さん(56)が振り返る。
 東西両地区とも沿岸部各地から集まる寄り合い所帯で、顔見知りは少ない。不幸があっても家族葬がほとんどのため、隣近所が知らない場合もあるという。
 隣接する東地区は別の悩みを抱える。公営住宅137戸、分譲134戸と均衡が取れ、高齢化率は31・7%。ファミリー層が目立ち、都市部の団地のようだ。
 今年3月の総会で、地区役員が子ども会の設立を子育て世代に呼び掛け、予算10万円を計上した。お年寄りと若い親子の触れ合いにもつながると期待した。
 新型コロナウイルスもあってか、保護者の反応は薄く、具体的な動きは出ていない。区長代行の浅野光彦さん(77)は「時代が違うのだろうか」と残念がる。
 東西両地区合同で夏祭りを開いたり、西地区が居酒屋イベントを企画したり。地域の一体感を目指して交流を図る。
 「限られたメンバーでは持続可能な地域づくりは行き詰まる。多様な世代の住民を巻き込みたい」と区長の坂根さん。
 山元の再生をけん引する「まちの顔」を舞台に、手探りが続く。

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