「原発漂流」第4部 ガラスの迷路(1) 風穴/核ごみ問題、寿都が一石

寿都町の海岸線に並ぶ風車。町は「核のごみ」をてこに、洋上風力発電整備促進地域の国指定を目指す

 北の大地に強い風が吹き抜ける。日本海沿いの長い直線道路脇に大きな風車が並び、真っ白な羽根が青空にまぶしく映える。
 北海道渡島半島の付け根近くにある寿都(すっつ)町は「風の街」をうたう。計11基の町営風力発電機は、50億円程度の予算規模の町に年間数億円の収益をもたらす。
 人口約2900の小さな町は今年、原発の高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分問題に大きな風穴を開けた。町内には順風と逆風が吹き乱れている。
 「議論の輪を広げたい。全国で10(自治体)くらいは手を挙げてほしい」。10月上旬、片岡春雄町長(71)が最終処分地選定に向けた第1段階「文献調査」への応募を正式表明した。直後に近隣の神恵内(かもえない)村も国からの調査申し入れを受諾。「一石を投じる」という片岡町長の思惑通りに事態が動いた。
 使用済み核燃料を再処理した後に出る廃液をガラスで固めてステンレス容器に入れ、地下300メートル以深の岩盤地層に埋める-。国は最終処分の姿をこう描く。
 2000年の最終処分法施行後、07年に高知県東洋町が文献調査に応募したが激しい反発に遭い、3カ月で撤回に追い込まれた。今年8月に応募検討を表明した寿都町にも内外から抗議が殺到。片岡町長宅に火炎瓶が投げ込まれるなどしたが、初の文献調査が11月、町と神恵内村で始まった。

 2町村は約2年間の調査期間中、それぞれ最大20億円の交付金を受け取る。片岡町長は洋上風力発電計画に投資し、町財源の強化を図る算段だ。
 新型コロナウイルス禍で町の経済が大きな打撃を受ける中、交付金が魅力的に映ったのは確かだが、片岡町長は河北新報社の取材に「(北海道)泊村への恩返しの面もある」と意外な理由を明かした。
 泊村は寿都町の北東約40キロにあり、北海道電力の泊原発1~3号機を抱える。
 片岡町長によると、町が風力売電を始めた03年以降、送電枠の拡大を北電に再三要望したが断られ続けた。親しかった当時の泊村長に相談すると、北電はすぐに枠を広げた。
 「泊に余計なことを言わないでください。(原発立地で)頭が上がらないんですから」。北電の担当者が告げた言葉を、片岡町長は今も覚えている。
 「村長が北電に『助言』してくれたようで、泊にはずっと感謝していた。核のごみ問題が原発政策を滞らせるなら、今こそ義理を果たそうと思った」。首長2人の濃密な人間関係が応募の背景に潜む。

 ただ首長によって立場は大きく食い違う。北海道の鈴木直道知事は寿都町と神恵内村の応募検討が公になると再考を促し続け、処分地選定の第2段階「概要調査」に反対する意向を表明している。
 鈴木氏が盾にするのは「道内に核のごみは受け入れ難い」とする00年施行の道条例だ。北部の幌延(ほろのべ)町に日本原子力研究開発機構が運営する地層処分の研究施設があり、道は長年、最終処分地化を警戒してきた。
 片岡氏は言う。「泊原発の交付金は道も受け取っている。原発を容認して核のごみは駄目というのは、筋が通らないのではないか」

 賛否の迷路で立ちすくんでいた核のごみの最終処分問題が、北海道から一歩を踏み出した。原子力政策を左右する難問は、原発の恩恵を受けてきた私たちに何を問い掛けているのか。経緯を振り返り、これからを考える。
(「原発漂流」取材班)=第4部は5回続き

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原発漂流

 史上最悪級の原発事故の発生から2021年3月で丸10年。原子力事業や原発政策の何が変わり、何が変わらないのか。教訓は生かされているのか。改めて検証する。


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