「原発漂流」第4部 ガラスの迷路(5完)拒否/犠牲に共感 解決の糸口に

 9月3日、北海道の鈴木直道知事が寿都(すっつ)町に片岡春雄町長を訪ねた。高レベル放射性廃棄物(核のごみ)最終処分地選定の第1段階「文献調査」への応募を検討していた町長に、知事は「応募は道条例の趣旨に相反する」と再考を促した。

 2000年制定の道条例は「道内への高レベル廃棄物の持ち込みは受け入れ難い」と宣言する。「一石を投じる価値はある」と答えた町長は10月に応募。11月に近隣の神恵内(かもえない)村と共に全国初の調査が始まった。

 核のごみの拒否条例は全国20自治体以上にあり、鹿児島県内の12市町村が最多。制定時期は(1)最終処分法施行(2000年)後(2)東京電力福島第1原発事故(11年)後(3)処分適地を色分けした「科学的特性マップ」公表(17年)後-に大別される。

 東北では宮城県大郷町が08年、釜石、宮古両市が今年6月、岩手県岩泉町、普代村、野田村が12月に制定した。大郷町は医療系の低レベル放射性廃棄物を主眼に作ったが、高レベル廃棄物も対象。釜石、宮古両市はマップで市域の多くが適地とされたのが契機だ。

 宇那木正寛鹿児島大教授(行政法学)は「道条例は地域の価値観の宣言にとどまり、道民に法的義務は生じない」と解説。条例への市民の協力義務を定める釜石、宮古両市条例などは「反する行為は違法と評価される」と指摘する。

 条例の制定は過去に処分適地とされた自治体や周辺自治体で目立つ。釜石、宮古両市も適地の一つだった。寿都町と神恵内村の周辺自治体も続々と制定の検討に入り、15日に寿都町西隣の島牧村議会が議員提案の条例案を可決した。

 回りだした処分地選定の歯車は、自治体を条例による自衛へと走らせている。

 迷惑施設の存在意義は認めても、自分の庭(地域)には置きたくないという住民の姿勢は「NIMBY」(ニンビー、Not In My Back Yard)と呼ばれる。

 10日、横浜市で最終処分に関する市民向け説明会があった。経済産業省と原子力発電環境整備機構(NUMO)が全国各地で開いている対話活動の一環だ。

 参加した大学3年の女性(21)は「核のごみは放置できないが(処分地が)自分の身近では嫌だと思う。(北海道での動きは)人ごとのように考えてしまっている」と胸の内を語った。

 どの地域にも許さないという「NIABY」(ニアビー、Not In Any Back Yard)の姿勢まで広がれば、最終処分の意義すら否定され、事業は破綻する。

 ニンビー問題を研究する青木俊明東北大大学院教授(環境心理学)は奥州市の胆沢ダム(13年完成)建設時、推進側が、かつて移転に反対していた水没地権者らに感謝する会を開き、地権者らが早期完成の要望書を提出するに至った事例を手掛かりに挙げる。

 フランスの最終処分候補地も調査した青木教授は「自分の生活が人の犠牲で成り立っていることを理解している人は少ない。受益と受苦の関係に関心を持ち、公共のために引き受けることに共感することが、地元への精神的補償になる」と指摘する。

 文献調査を受け入れた寿都町と神恵内村の役場や商工業者には、今も内外から抗議や苦情が来る。中には「死ね」「(町村長)2人で地獄で同窓会を開け」といったものもある。

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 史上最悪級の原発事故の発生から2021年3月で丸10年。原子力事業や原発政策の何が変わり、何が変わらないのか。教訓は生かされているのか。改めて検証する。


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