「原発漂流」核のごみ最終処分 首長インタビュー

[のだ・たけのり]専修大卒。幼稚園長、学校法人理事長を経て、岩手県議2期目途中の2007年11月の市長選で初当選。現在4期目。19年に復興の象徴としてラグビーワールドカップ(W杯)2試合の開催を誘致した。67歳。釜石市出身。
[かたおか・はるお]専修大卒。東京の民間企業勤務を経て、1975年町役場入り。2001年の町長選で初当選。現在5期目。03年から町営風力発電による売電事業を手掛け、18年から風力発電推進市町村全国協議会会長を務める。71歳。北海道旭川市出身。

 原発政策のネックとされる高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分問題は今年、北海道の寿都(すっつ)町と神恵内(かもえない)村で処分地選定の第1段階「文献調査」が始まり、新たな局面に入った。国はさらに調査地を増やしたい考えで、全国の自治体では警戒感が広がる。調査に応募した寿都町の片岡春雄町長と、核のごみの受け入れ拒否条例を今年制定した釜石市の野田武則市長に考えを聞いた。(「原発漂流」取材班)

無責任な国策に不信感/拒否条例制定の釜石市・野田武則市長

 原発から出る核のごみだけでなく、放射性廃棄物全般の保管や研究、調査を受け入れない条例を作った。釜石市民の懸念に応え、市の立ち位置を明確にする必要があったからだ。
 市では30年ほど前、旧動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)が最終処分の研究施設を造る計画を巡り、市を二分する議論があった。当時の議会答弁を読むと、市は「施設は研究目的。最終処分とは違った施設」という中立の立場だった。
 施設受け入れの賛否を決める段階になると、市民の間で「最終処分場につながる」との懸念が広がり、議論が最終処分とセットになって混乱した。市は1989年、研究施設を含め放射性廃棄物の受け入れを拒否する宣言を出した。
 当時議論に関わった市職員はもう市役所におらず、記憶する市民も少なくなった。宣言の趣旨を条例でより明示したいと考えた。
 国の原子力行政に対する不信感は強い。国と原子力発電環境整備機構(NUMO)が2018年に市内で開いた対話型説明会は、市民が楽しみにしている「釜石まつり」の日だった。市は開催を直前まで知らなかった。
 そもそも国はいまだに原子力を完全にはコントロールできていない。福島の事故だけ見ても、除染や汚染土の処理すら終わっていないし、汚染水浄化後の処理水も海に放出しようとしている。
 原子力には見通しの立たない問題が多い。それらを解決してから自治体に最終処分地選定への協力を依頼するなら理解できるが、今後どうなるかも分からない状態で最終処分候補地を探すのは無責任な話だ。
 北海道の寿都町や神恵内村のように文献調査を受け入れる自治体があるのは国の地方創生、地方活性化策が成果を挙げていないからだ。小さな自治体の生き残り策を示せていないのに、生き残りのため文献調査に手を挙げさせるのは矛盾しており、国への不信につながる。
 原発が生む電気を使っておきながら、自分の地域だけは核のごみを受け入れないとの批判もあるが、的外れだ。財政難の自治体を狙って金で解決しようとする国に対し、条例などで対抗の意思表示をしなければならない状況こそが問題だ。
 議論の前提ができていないのに、責任や批判だけを自治体に向ける考え方は納得できない。今の新型コロナウイルスへの対応にも通じる。国の方向性や対策がない中で、協力しない事業者を責めるのと似ている。
 原子力による惨事の絶大な影響は福島を見れば分かる。だから皆が原子力政策に対し慎重になっている。地域エゴイズムと言われるのは筋が違う。

進む過疎 波及効果期待/文献調査応募の寿都町・片岡春雄町長

 核のごみの最終処分地選定の第1段階「文献調査」に応募したのは、過疎が進む町の現状を打開したい思いからだ。町は北海道電力泊原発の30キロ圏にあり、核のごみは身近な問題。実際に受け入れるかどうかは別にしても、応募でさまざまな波及効果を期待できる。
 核のごみに関心を持ったのは昨年。町の議会や産業団体とのエネルギー問題に関する勉強会の中で出てきた。文献調査だけで最大20億円の交付金を受けられる「おいしい話」との印象を持ったが、手を挙げようとまでは当初考えなかった。
 新型コロナウイルス禍をきっかけに応募を検討し始めた。戦後最大級の不況が叫ばれるようになり、町の財政見通しに危機感を持った。ピンチの今が、核のごみの問題に一石を投じるチャンスでもあると思った。
 道の「核抜き条例」(2000年施行)は「道内に核のごみは受け入れ難い」とするが、ご都合主義でしかない。原発と無関係の地域が制定するなら理解するが、道は多かれ少なかれ原発の恩恵を受けてきた。
 青森県は誰もが嫌がる核のごみの保管を受け入れた。その恩恵はあったにせよ、多くの国民は感謝せず、今まで気にも留めてこなかったのが現実だろう。自分たちさえ良ければいいという考えを捨て、みんなが学びを深める必要がある。
 国も全国知事会などで頭を下げ、議論への協力を呼び掛けてほしい。各地で話し合いを進めてもらった上で、国が特に適地と考える複数の自治体に一斉に検討を要請し、応じるかを地元で判断するのが望ましい形だと思う。
 今回の寿都のような「手挙げ」での応募は地域の分断が生まれやすく、もう最後にした方がいい。原子力は国策。自治体に責任を転嫁しない選定の流れを国が整えるべきだ。
 来年秋の町長選には立候補し、文献調査に続く第2段階「概要調査」にまで進むことを公約にする。住民投票は最終段階「精密調査」に入るか否かのタイミングでの実施がいい。そこで町民に冷静な判断で是非を選択してもらいたい。
 住民説明会などで「現段階で住民投票をしなくても肌感覚で分かる」と発言して非難されたが、住民投票で町民同士が感情的に攻撃し合うような事態を避けたかった。批判は覚悟の上だ。
 最終的に核のごみが町に来ようが来まいが、過疎が進む町の今後をどうするかという課題は変わらない。疲弊した田舎には、発展のチャンスも考えるヒントも少なく、誰も助けてくれないという自覚が要る。
 応募を機に、特に町の将来を担う若手に腰を上げてほしいと願っている。核のごみの議論の場を利用し、国内外のまちづくりの事例を学ぶのもいい。

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